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【著者に訊け】中澤日菜子氏 『ニュータウンクロニクル』

8/4(金) 7:00配信

NEWS ポストセブン

【著者に訊け】中澤日菜子氏/『ニュータウンクロニクル』/光文社/1600円+税

 自身、ニュータウン育ちであることに、特に郷愁や思い入れはなかったという。

「むしろなぜ私には故郷がないんだろうって、何もかもが清潔で正しくて日向ばかりの町に、ネガティブな感情すら抱いていました」

 中澤日菜子氏の最新作、『ニュータウンクロニクル』は、1970年代初頭に造成された〈若葉ニュータウン〉を舞台にした、文字通りの年代記。一章「わが丘 1971」から終章「新しい町 2021」まで、高度成長やバブル、東日本大震災を経て東京オリンピック後に至る50年史を、10年ごと全六章に切り取ってゆく。

 若葉町の〈旧住民〉で、町役場職員〈小島健児〉は造成途上の町を眺めながら、〈なんかみんなおんなじに見えますねぇ〉とこぼし、その印象はこの町に念願のマイホームを求めてやってきた〈新住民〉とも重なった。だが彼はこうも思う。〈あの明かりの一つひとつは誰かが灯したものなのだ。誰かが灯し、過ごし、生活している証なんだ──〉と。

 1969年東京生まれの中澤氏は15歳まで八王子の現・宝生寺団地、高1からは本書のモデルにもなった多摩ニュータウンで育ち、本作でいう新住民にあたる。

「特に多摩時代、団地内はほとんどが自分と似たような核家族だったので、地方ごとの文化や匂いを纏った大学の友人が、もう羨ましくて。でもある時、小名浜の醤油蔵の息子に言われたんです。『そうかな。古い町しか知らない俺には拡張や収縮を繰り返すニュータウンこそ得体の知れない生き物に見えるけど』って。その言葉がずっと残っていて、自分の育った町を長いスパンで多面的に描く、今回の群像劇に繋がりました」

 まず一章「わが丘」では、開発初期の中山・枇杷(びわ)団地を舞台に、健児が市民運動〈若葉ニュータウンの未来を拓く会〉で出会った主婦に抱いた淡い恋の顛末を描く。

 元地主の両親と同居する健児は、枇杷商店街で八百善を営む叔父〈善行〉が昔から苦手だ。公団側は土地を売った元農家に起業を勧めたが、団地族を毛嫌いし、プライドだけは高い善行の店がうまくいくはずもない。

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