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だみ声に込められた本音と誠意 ルイ・アームストロング

8/4(金) 18:10配信

サライ.jp

文/後藤雅洋

■サッチモと歌の復権

いつも不思議に思うのは、「ジャズ100年」といわれた2017年になっても、相変わらず「ジャズ」という音楽ジャンルが、変容を遂げながらたくましく生き続け、多くの音楽ファンに愛好されていることです。たとえば今話題のピアニスト、ロバート・グラスパーのアルバムなど、いわゆる「ジャズ」のイメージからずいぶんと外れているように思えるのですが、ジャズ・ミュージシャンとして活動を続け、若い新たなファン層の人気を獲得しているのです。

たしかにグラスパーの音楽は、マイルス・デイヴィスのクールなトランペット・サウンドや、ジョン・コルトレーンの熱気に満ちたサックス・ソロでジャズの虜になった年配ジャズ・ファンからすれば、「ジャズじゃない」と思われても仕方ないかもしれません。しかしそこに、今回の主人公である“サッチモ”と愛称された、歌も歌うトランぺッター、ルイ・アームストロングを置いてみると、また違った景色が浮かび上がってくるのです。今回はそのあたりから話を進めてまいりましょう。

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キーワードは「ヴォーカル」と、「ポピュラリティ」です。まずは本シリーズのテーマでもある「ヴォーカル」です。

現代ジャズの特徴として「ヴォーカルの復権」があります。グラスパーが注目を集めるきっかけとなった12年のアルバム『ブラック・レディオ』(ブルーノート)にはエリカ・バドゥ、レイラ・ハサウェイら多くのゲスト・ヴォーカリストが参加しており、それが話題となりました。また、新進女性ベーシストとして注目されているエスペランサ・スポルディングは、ヴォーカリストとしてのアルバム『エミリーズ・D+エヴォリューション』(コンコード)を16年に発表しています。

また中堅ギタリスト、カート・ローゼンウィンケルの話題の新譜『カイピ』(ソングエクス・ジャズ)も、全編にわたってエキゾチックなヴォーカルがフィーチャーされているのですね。こうした動きは明らかにここ数年の出来事で、「モダン・ジャズ」の時代には、器楽奏者のアルバムにヴォーカルがフィーチャーされることは、むしろ例外的だったのです。

そして「ポピュラリティ」です。今挙げた現代ジャズ・アルバムが注目された理由のひとつに、「親しみやすい歌」が入っていることは否定できないでしょう。グラスパーなどは、「従来のジャズ・ファンとそうでない人たちの懸け橋になればいいと思って」ヴォーカル入りのアルバム制作をしたと発言しています。他方、エスペランサやローゼンウィンケルは、彼らの「自己表現」の手段として、ヴォーカルという戦略をとっているのでしょう。そしてそれがおのずとポピュラリティの確保に繋がっているように思えます。

こうした動きは一見「新しいジャズの潮流」のようにも見えますが、じつをいうとはるか昔にサッチモが実践し、その活動自体が「ジャズ」という音楽ジャンルを今日まで生き延びさせてきたのです。


■ヴォーカル表現の拡張

今を遡ること90年余り、1926年のことでした。サッチモはレコーディングの際に歌詞カードを落としたと称し「ウヴィ・ダヴァ」と、いわゆる「スキャット・ヴォーカル」を初めて披露したのです。このエピソードをもって、彼は「ジャズ・ヴォーカルの開祖」とされているのですね。

その理由は、「歌」を歌詞に限定されずに自由に旋律を変えることによって、「自分らしさ」をより強力にアピールすること、これこそが「ジャズ・ヴォーカル」の最大の特徴だからです。そしてそのジャズ・ヴォーカルの特徴とされるものは、「器楽ジャズ」でも同じなのです。

19世紀末にニューオルリンズで自然発生したとされる「ジャズ」は、録音が残っていないのでどんな音楽だったのか、ほんとうのところはいまだに解明されてはいません。しかし、「その音楽を聴いて育った人たち」の演奏はちゃんと記録されているのです。

先ほど挙げた「初めてのスキャット」が録音された楽曲「ヒービー・ジービーズ」は、ルイ・アームストロングの「ホット・ファイヴ」というバンドによって演奏されているのですが、彼らの演奏は初期の「ジャズ」を継承していると考えていいでしょう。というのも、今回の主人公、ルイ・アームストロング自身がジャズ誕生の地、ニューオルリンズで生まれ育っているのです。

この「ホット・ファイヴ」のサッチモのコルネット(トランペットの親戚楽器)を聴くと、明らかな特徴があるのです。あたかも楽器が「人の声」のようにナマナマしく迫ってくるのです。

■サッチモが変えた常識

ところで、コルネット(トランペット)やサックスといった「西欧楽器」は、もともとクラシック音楽のために作られ、ジャズはそれを「転用」しています。クラシック音楽では「楽譜」があるので、楽器はそれを「再現」する道具と見なされ、特に大勢の楽団員が合奏するオーケストラなどでは、吹く人によって音色が違っては困るわけです。アンサンブルが濁ってしまいますからね。

そうした理由から「楽曲を表現するための理想の音色」が、それぞれの楽器の演奏者には求められることとなります。サッチモはこの「常識」をひっくり返したのです。彼は楽器を楽曲ではなく、「自分の身体に引きつけて」演奏したのですね。それは透明で抽象的な「美しい」音ではなく、人間臭がふんぷんと漂ってくる、ちょっと「濁った」音といってもいいでしょう。しかしその音からはなんともいえない親しみやすさ、人を惹きつける魅力が漂い出しているのです。

これが「ジャズの音」なのです。サッチモは初期ジャズのスタイルを踏襲しつつ、そこに「人間の出す音」としての楽器の音色という、ジャズにとってもっとも重要な特徴を付け足したのですね。「個性的表現を重視するジャズ」という道筋が、サッチモによって力強く切り拓かれたのです。

クールなマイルス・デイヴィスのトランペット・サウンドも、熱気に満ちたジョン・コルトレーンのテナー・サックス・ソロも、彼らの「身体から滲み出てくる音」だからこそ魅力があるのです。

そしてそれこそがジャズという音楽の特徴なのですが、その発端にはルイ・アームストロングがいたのです。彼が「ジャズの父」と呼ばれるのは、こうした理由によっているのです。

スキャットによる個性的ヴォーカル表現も、演奏者の身体から滲み出てくる楽器の音も、同じ発想から生まれたものなのですね。


■サッチモの骨太路線

では、そのサッチモのヴォーカルと器楽演奏の魅力を、ポピュラリティという視点で分析してみましょう。

世間では、サッチモが大きな目玉をくりくりさせて愛嬌をふりまくので、大衆性といっても「俗受け」を狙っているのでは、と若干軽く見る傾向がないでもないようです。まあ、わからないでもありませんが、ここのところは重要なのできちんと見ていきたいと思います。

「ポピュラリティ」という英語を辞書で調べると「大衆性・人気・人望」といった穏当な意味と同時に、「通俗性・俗受け」といったちょっとネガティヴな意味合いも含んでいるようです。たしかに「親しみやすさ」を感じるという状況は、発信者と受け取る側、双方のスタンスによって微妙に異なってくるようです。

発信者が受け手の感受性を「低く」見積もっているときは、確信犯的に「俗受け路線」をとることもあるでしょう。テレビのお笑いタレントなどによくみられる状況ですよね。

他方、発信者が受け手を対等、あるいは一定の敬意をもって接するときは、そんなやり方はしません。相手に親しみを感じてもらうには、何より飾ることなく自分という人間をわかりやすくプレゼンテーションするのがいちばん。サッチモの「ポピュラリティ」は、この「王道路線」をきっちりと歌とトランペットで演じているのですね。そしてこれはジャズのもっとも重要な要素、「魅力的な自己表現」そのものなのです。

19世紀末に誕生した「ジャズ」が、“ニューオルリンズ・スタイル”、“スイング・ミュージック”、“ビ・バップ”、“クール”、“ハード・バップ”、“ウエスト・コースト”、“モード”、“フリー”と、ほんとうにめまぐるしくスタイルを変えつつも、今に至るまで同じ「ジャズ」の名称で親しまれ愛聴されているのは、サッチモがジャズ誕生から時を経ずして、歌と楽器演奏を通じて魅力的な自己表現を行なうという「ジャズの骨太路線」を敷いたおかげといっても過言ではないのです。

■だみ声から聴こえる本音

「魅力的な自己表現」はそれこそ人さまざまですから、それぞれの時代にチャーリー・パーカー、マイルス、コルトレーンといった「スター・プレイヤー」がジャズ人気を引き継ぎ、今に至っているというわけなのです。それでは、その大本を切り拓いたサッチモの歌の魅力に焦点を当ててみましょう。

まずはトレードマークともいえる「だみ声」の魅力です。美声の魅力は説明の要もないのですが、だみ声の魅力は不思議です。押しが強く、またアクも強い声がどうして聴き手を惹きつけるのでしょうか?

かつての日本の宰相・田中角栄もまた、だみ声で知られた政治家でした。彼の評価は人さまざまでしょうが、彼の人気の一部が飾りけのないだみ声に負っていることは認めてもよいでしょう。その中身は、いつも本音で選挙民に語りかけているという受け手側の実感と、角栄自身が「彼の主観において」国民の利益を考えているという「相互理解」の賜物のように思えます。

もちろんサッチモは政治家ではないので同じことはいえませんが、似た傾向はあるように思うのです。彼はいつも本音でファンに歌いかけています。でも「プロの歌はいつも本音だろう」というのはちょっと違うように思うのです。なかにはファンを「操ること」が可能な対象と見下し、通俗的な媚を売る歌手もいないではありません。特にテクニックに長けた歌手にはありがち。しかしサッチモはそんなあざといことはしないのです。

また、サッチモはいつも聴衆のことを気にかけています。それは「人気取り」のためというより、「どうしたら伝わるか」ということを誰よりも真剣に考えているからなのです。ですから、彼の「自己表現」はけっして「ひとりよがり」ではなく、「伝えること」「伝わること」に主眼を置いているのですね。とはいえ、彼はそのために「言いたいこと」を曲げたりはしません。そういう意味では、見かけによらず「頑固」なのです。

そんなサッチモのだみ声から聴こえてくるのは、本音だからこその「親しみ」と、言いたいことをちゃんと伝えようという「誠意」といってもいいのではないでしょうか。私たちが彼の歌を聴いて感じる親しみと安心感は、こうした彼の「まっすぐな人間性」に負っているように思えるのです。

前述したように、ジャズ・スタイルの変遷はほんとうにめまぐるしい限りですが、その出発点にサッチモが「本音の自己表現」と、それを「誠意をもって伝えよう」という「骨太路線」を敷いたからこそ、「ジャズ」は100年の歴史を生き長らえているのです!

■ビートルズを超えた人気

ルイ・アームストロングは1901年にメキシコ湾に面したアメリカ南部の港湾都市、ニューオルリンズに生まれました。子供のころ、お祭りの騒ぎの中、浮かれてピストルを発砲し、少年院送りになってしまいます。けっこうやんちゃな子供だったのですねえ。しかし、少年院のブラスバンドでコルネットを覚えたというのですから、人の運命はわからないもの。出所後は街中のパレードなどで演奏し、人気者となります。

23年に先輩トランぺッター、キング・オリヴァーに呼ばれ、シカゴでオリヴァーのバンドに参加します。このころサッチモはオリヴァーと初レコーディングを経験しますが、面白いエピソードがあるのです。

そのころのレコード録音は機械式(空気の振動を直接盤面に刻む方式)なので、大きなラッパ(集音機)に向かってみんなで合奏するのですが、サッチモは音が大きすぎ、肝心のリーダー、オリヴァーの音が聴こえないのです。そこでサッチモはメンバーのはるか後方で演奏させられたというのです。すでにして師のオリヴァーを実力で凌いでいたのですね。

その後ギャラの配分などでオリヴァーと揉め、24年にサッチモはニューヨークに進出し、フレッチャー・ヘンダーソン楽団に参加します。ここでもサッチモは頭角を現し、ダンス・バンド的だったヘンダーソン楽団をバリバリのジャズ・バンドに仕上げてしまいます。それから再びシカゴに戻り、自分がリーダーとなった「ホット・ファイヴ」「ホット・セヴン」といったそれぞれ5人編成、7人編成のバンドで、先ほどの「ヒービー・ジービーズ」などの名演を残しています。

50年代に入ると「薔薇色の人生」(第5号収録)や「キッス・オブ・ファイア」といった大ヒットを連発し、いちジャズ・ミュージシャンを超える存在となったのです。とりわけ有名なのは64年、「ハロー・ドーリー」で、ヒットチャート・ナンバーワンを独走していたビートルズ・ナンバーから、ナンバーワンの地位を奪回するという偉業を成し遂げたことでしょう。この一事をもってしても、サッチモのミュージシャンとしての偉大さがわかろうというものです!

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ)
日本におけるジャズ評論の第一人者。1947年東京生まれ。慶應義塾大学在学中に東京・四谷にジャズ喫茶『い~ぐる』を開店。店主としてジャズの楽しみ方を広める一方、ジャズ評論家として講演や執筆と幅広く活躍。ジャズ・マニアのみならず多くの音楽ファンから圧倒的な支持を得ている。著者に『一生モノのジャズ名盤500』、『厳選500ジャズ喫茶の名盤』(ともに小学館)『ジャズ完全入門』(宝島社)ほか多数。

最終更新:8/4(金) 18:10
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