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昭和11年のチャーハン、お米の多さにはワケがある

8/4(金) 6:10配信

JBpress

 月刊誌『栄養と料理』(女子栄養大学出版部刊)の創刊は1935(昭和10)年。学園の教育内容をまとめた講義録として出発した。
 創刊2号目から付録についたのが1枚の小さなカード「栄養と料理カード」だ。健康に留意したおいしい料理がだれでも作れるように、材料の分量や料理の手順、火加減、加熱時間、コツなど納得のいくまで試作を重ね、1枚のカードの表裏に表現。約10×13cmの使いやすい大きさ、集めて整理しやすい形にして発表した。
 約30年にわたり『料理と栄養』に携わってきた元編集長が、「栄養と料理カード」で紹介された料理を題材に、時代の変遷をたどっていく。

『栄養と料理』1936(昭和11)年12月号の表紙と「栄養と料理カード」(写真)

■ 現代のチャーハン作りとの違いはどこに・・・

 わが家では、冷やごはんの活用法として「チャーハン(炒飯)」を作る。夏はレタスと油揚げと梅干しのチャーハンなど。蒸し暑い日でも食べやすく、家族も喜ぶ。冷やごはんはあらかじめ電子レンジで温めておくのが私流。炒めた具に温めたご飯を加えると、具と混ざりやすく、パラパラに炒めることができる。そして油の使用量が少なくて済む。

 味つけはこしょうのみ。ごま油で刻んだねぎを炒め、細切りにした油揚げとレタス、温めたご飯を順に加えて炒め合わせ、油がなじんだら、刻んだ梅干しを加え混ぜて出来上がり。1人分で油小さじ1(4g)、ごはん150g。2人分でも深めのフッ素樹脂加工のフライパンで充分だ。

 以上は、ヘルシー志向の現代流。では、昭和のレシピをひもとくと・・・。

■ ごはんの量は現代なら「大盛り」―― 昭和11年

 『栄養と料理』の「栄養と料理カード」の中に、チャーハンは3枚ある。材料の表記は4~5人分、ごはんは冷やごはん、あるいは固めに炊いたごはん。炒める道具は中華なべだ。

 「炒」とは中国料理の調理法のひとつで、材料を油で短時間に強火で炒め上げる方法をいう。パラリと炒め上がった一粒一粒のごはんに油がのり、具との調和を味わうチャーハンは、材料も作り方もシンプルだ。けれども、おいしく作るにはコツがある。

 創刊2年目の1936(昭和11)年12月号に「炒飯(チャオファン)」、具体的な料理名としては「芝えび入やき飯」がある。「やき飯」という料理名を懐かしく感じるのは、明治生まれの祖父がチャーハンをやき飯と言っていたのを思い出したから。中国料理が好きで、法事でも外出したときの食事でも「○○飯店」が多かった。

 同号では、1人分でごはん350g、卵90g、ラード20g。350gのごはんは、現在の外食の大盛りカレーライスのごはんに匹敵する分量だ。かつて日本人は摂取エネルギーの約70%を米からとっていた。

 同誌に折り込まれた献立表には、1日の熱量は2200kcalとある(当時、熱量の単位にCalが使われていたが、本記事では同量であるkcalで表記する)。その内訳は、米3合(450g)で1550kcal、副食物(おかず)は650kcal。1日に必要なタンパク質70gの半分は米から、残りは副食物からとるように考えた、と解説があるくらい、おかずはほどほど。現在のような豊かな食生活からは、想像もつかないような時代だった。

 貴重な卵を1人分2個も使い、炒める油はラード(豚脂)で1人分20g。作り方は、中華なべで少量のラードを溶かし、芝エビ1人分50gを炒めてとり出し、残りのラードを溶かしてといた卵液を加え、卵の固まらぬうちにごはんを加えてかき混ぜ、エビを戻し入れて塩、しょうゆ、味の素で調味する。1人分の熱量は888kcal、価格は15銭。

 この年は、作り方を記載したカード裏面に、料理にちなんだ短歌が添えられている。

「芝えびも 色あざやかに まじりたる 炒飯 食せば 楽し 夕餉の」

 国文学を教えつつ同誌の編集にも関わった先生の作と聞くが、食事は質素でも心豊かな時代だった。

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最終更新:8/4(金) 6:10
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