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41歳経営者は全財産を失っても立ち直った

8/4(金) 16:00配信

東洋経済オンライン

アメリカ同時多発テロ、リーマンショック、そして会社の設立と追放。数々の苦難を乗り越えて国内最大規模のデジタルマーケティング企業であるアイ・エム・ジェイ(IMJ)の最高経営責任者(CEO)に就任した竹内真二氏。どん底を経験しても諦めずに攻め続けたそのキャリアストーリーは、多くの若手ビジネスパーソンの参考になるに違いない。

■アメリカ同時多発テロの衝撃

 ――竹内さんの経歴についてご説明ください。

 1976年2月に横浜で生まれ、今年で41歳です。子どもの頃は、父の都合で海外を転々としていました。タイや中近東のバーレーン、ハワイなどさまざまです。大学はカリフォルニアの大学を卒業しました。1998年のことです。

 大学卒業後は帰国して、リーマン・ブラザーズ証券会社(東京支店)に入社。1年後には、採用してくれたボスとチームがモルガン・スタンレー証券に移籍するということで、僕も誘われてモルガン・スタンレーに移籍しました。

 モルガン・スタンレーでは、M&Aなどの業務に従事しました。当時の同期に社会起業家の小林りん、1年後輩にビズリーチの南壮一郎がいました。

 2001年にはモルガン・スタンレーのニューヨーク本社に転勤になりました。そのとき、9.11のアメリカ同時多発テロ事件を目の当たりにしています。直接的な被害はありませんでしたが、会社の人も数名ほど亡くなり、街の雰囲気もガラリと変わりました。

 事件がきっかけとなり、あらためて命の儚(はかな)さを思い知らされました。また、当時は大量のリストラが行われたこともあり、「自分で何かやりたい」という思いがしだいに強くなっていったのです。

 ――その後は? 

 そのような経緯を経て、2003年の1月、南壮一郎とともに「ディールウェーブ」という会社を設立しました。特段なにをするというのは決めず、企業の価値評価をするソフトウエアの販売などを展開していました。そのほかにも、K-1のお手伝いをしたり、子どもの英語教室をやったり。アイデアマンである南の発案で、いろいろな事業に着手しました。CCCの増田宗昭さん、楽天の三木谷浩史さんなどのお手伝いもしています。

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