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アメリカの「国境調整税」導入見送りから日本が学ぶこと - 岩本沙弓 現場主義の経済学

8/4(金) 17:00配信

ニューズウィーク日本版

<アメリカ企業が不利益を被っているという理由からトランプ政権で導入が検討されてきた「国境調整税」だが、実質的な消費税としての機能が公平な税制への、そして国内消費減退を招くという懸念から今回の導入は見送られた>

大統領選挙期間中から提案され、トランプ政権発足直後からもめにもめてきた税制改革、中でも下院共和党案として出された国境調整税(Border Adjustment Tax, 通称BAT)の扱いが米国内ではこれまでかなり紛糾してきました。以前の寄稿で、このBATがあっさり立案、可決されると決め打ちするのは危ういと指摘いたしましたが、予想通り7月27日(現地時間)に導入却下が決定的となりました。

背景として、トランプ大統領、ムニューチン財務長官を筆頭にトランプ政権自体がBATに反対していたことはもちろんですが、この約半年間、米小売業界を中心に、実体経済目線のFACT(事実)を基にしたBAT反対の真摯なロビー活動が行われたことも大きかったと言えるでしょう。

この間の議論の推移を日本の主要メディアさんが少しでも伝えてくれれば......加計や森友問題、政治家のスキャンダル報道に費やす時間の百分の1、いや千分の1でも割いてくれれば日本の消費税議論にも深みが増すのにと思っていたのですが、やはり完全無視となりました。残念なことです。

BAT見送りが大々的に発表されたホワイトハウスの共同声明で注視するのは下記の部分でしょう。

「新しい国内消費に基づく税制に移行することなしで、アメリカの雇用と課税ベースを保護しながらアメリカ企業、外国企業、労働者との間の公平を確保する実行可能な方法があると我々は今、自信を持っている。これまで国境調整による成長押し上げ効果について討議してきたが、国境調整には多くの未知数が存在することがわかり、税制改革を進展させるためにもこの税制導入を棚上げする決定に至った。」

【参考記事】迷走するオバマケア代替法案のあまりに不都合な真実

消費税肯定派には耳の痛い部分かとは思いますが、公平さを維持するためには国内消費に基づく税制は必要ないと米国はこの度、あらためて表明したことになります。同盟国の決定については消費税増税派・反対派を問わず、10%へ消費税増税が規定路線となっている現在だからこそ日本の税制が根本的にどうあるべきなのか、あらためて立ち止まって考えるきっかけとすべきなのではないでしょうか。
 
BATとは何か。税制の専門的なことを言い出すとキリがありませんが、極めて端的に言うと日本の消費税と同じ機能をもたせる税制です。具体的には法人税の課税対象から、輸入に課税・輸出に免税するものです。

消費税は国内消費にかかわる税制であるはずなのに、輸出入といったい何の関係があるのか?と思われるかもしれませんが、日本の消費税(海外ではこのタイプの税制は付加価値税と呼ばれるのが一般的)にも関税(=国境で調整される税)の機能が存在し、輸入品には課税、輸出品には還付(=米公文書は還付とは言わず「リベート」としています)措置があります。



米国は連邦国家として付加価値税・消費税を採用してないため、こうした国境で調整できる制度がなく米国企業が不利を被っている、というのが共和党のライアン下院議長、下院歳入委員会のブラディ議長などの主張であり、その機能を持つBAT導入を目指していたわけです。ただし、法人税として輸出を免税・輸入に課税で調整することがことのほか不評を買い、国内からの強烈なロビー活動もあってBATに著しい修正を加えた代替案を迫られ、最終的には下院共和党案として付加価値税・消費税そのものの導入まで匂わせていました。

今回の共同声明発表と同時に下院歳入委員会のサイトにあったBAT推奨の特設ページが全て削除されましたが、削除以前のQ&Aの中にBAT実現の具体的手段として「米国は現在世界160カ国余りが採用しているのと同じような税制を採用することになる」としていました。そのpdfだけはネット上で今のところ確認できますので添付(最終ページに記載アリ)しておきます。

ここでは付加価値税・消費税という名称は出していませんが、BATの行きつくところはつまり消費税・付加価値税の機能を求めて、消費税・付加価値税の導入までをも視野に入れていた、というのがおわかりいただけるのではないでしょうか。

BAT導入に反対する米国内ロビー活動を積極的に展開してきた米国際自動車ディーラー協会(American International Automobile Dealers Association, 略名AIADA)はBATが実際には消費税と同じような機能を持つため、国内経済へ悪影響を及ぼすことは当然のことながら承知しています。

「国境調整税はすべての商品やサービスへの新しい消費税です」との認識を示した上で、具体的事例として、仮にBATが導入されれば輸入に依存している自動車部品は全て課税対象となるため、米国内で販売される乗用車は直ちに一律5.6%の値段の引き上げ、平均的に購入されている車一台に換算すると約2000ドル(1ドル110円換算で22万円)が値段に上乗せされるという試算を出しています。

【参考記事】トランプ税制改革案、まったく無駄だった100日間の財源論議

となれば米国人の車の購入意欲は減退、自動車需要が落ち込む結果「米自動車製造工場も小売業も、消費者と同じように痛みを感じ、雇用を削減せざるをえなくなる」、自動車ディーラーにとっても消費者にとっても「破滅的(devastating)」という言葉まで使っています。増税分は物価が短期的に上昇し、その後に急速な需要減退を伴い実体経済が落ち込むことは、日本で生活していれば皮膚感覚で実感してきたことでもあります。

AIADAの代表であるPaul Richie氏は「この税制計画が大幅な法人税減税をまかなうべく、消費者に負担を求めていることに気付いてからというもの、行動を起こさねばと思った。」とコメントしています。GDPの約7割を国内消費に依存している米国経済にとって消費減退は経済成長の根幹を揺るがす大問題であり、財界人であれば何としても避けたいとの発想に至るのはごくごく当然のことでしょう。それはGDPの約6割が国内消費で占めている日本とて同じはず。

AIADAは米国に進出している各国の自動車メーカーの団体ですが、米自動車業界誌『オートモーティブ・ニュース』はBATに反対するようメーカー各社がディーラーに要請、BATの「本質は隠れた消費税だ」との日本の自動車メーカーの談話を象徴的に紹介しています。

また、AIADAには日本の自動車メーカー14社で構成される日本自動車工業会も関連団体として名を連ねています。その自工会ですが、日本の消費税についてはかねてから引き上げに賛同を表明しつつ、消費税10%引き上げ時には消費者負担を軽減すべく自動車取得税・重量税などの撤廃を訴えていました。



実は消費税制度の大きな問題として、一度導入されると、上記のような特定税制撤廃の他にも、通常の税率よりも低く設定することで対象業界が有利となる軽減税率を要求するなど陳情合戦に陥ることが、既に40年以上前のニクソン政権下での税制改革の際に取り沙汰されていました。だから企業はけしからんといった稚拙で短絡的な企業バッシングをここでするつもりは全くありません。

企業は営利目的で活動している以上、税制であれ他の規制であれ、少しでも優位にとの食指が伸びるのは当然です。だからこそ税制などの制度設計をする場合には公平で自由な競争を阻害しないことが非常に重要で、行政側はそこに留意すべしというのが米国のスタンスでもあります。今回もそうですが、先進各国が全て消費税・付加価値税を採用してもなお、連邦国家として米国だけは頑として導入に踏み切らなかった理由の1つはそこにあります。

【参考記事】大胆不敵なトランプ税制改革案、成否を分ける6つのファクター

増税による国内需要の減退、国内市場・消費者への破滅的な影響があると実体経済への悪影響に深い理解を示し、公正な競争の観点から各社・ディーラーが米国での消費税導入反対の強烈なロビー活動に尽力されたのであれば、特定税制撤廃や軽減税率などの対症療法ではなく、日本の消費税についても同じように、消費税制度そのものへ根本的な問題提起をしていただけないだろうかと切に願うわけです。

そして、世界最大の債務国(世界最大の債権国は日本)である米国ではありますが、この度、共和党にBATを諦めさせ、国内経済と税の公平性の観点からトランプ政権が下した今回の判断について、消費税増税ありきで拳を振り上げている日本の政治家の方にも是非、これを機にいったんニュートラルな立場に立ち返って、米国内で取り沙汰された論点などを参考にお考えをいただきたいと思う次第です。

トランプ政権下でのBATあるいは消費税・付加価値税導入はこれで見送りが決定的となりましたが、トランプ政権としてはBATや消費税・付加価値税とはまた別の独自の国境税案を持っています。それをいよいよ持ち出すのか、腰砕けとなるのか。引き続きフォローしたいと思います。

岩本沙弓

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