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誰の人生にも“意味”がある! --- 荘司 雅彦

8/5(土) 7:05配信

アゴラ

ヴィクトール・E・フランクルの「夜と霧」(池田香代子訳 みすず書房)(http://amzn.to/2vym1hQ)を久しぶりに読み返してました。同書129ページには、次のように書かれています。

“ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きることからなにかを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。”

実は、私は十数年前、慢性疲労症候群のような症状に陥り、腕の上げ下げすら辛い状態に陥って弁護士活動ができなくなってしまいました。一生懸命頑張って大きくした事務所を閉めざるを得なくなり、「こんな辛い体を引きずって生きていくより、いっそ死んでしまった方が楽になる」と考えたものです。

しかし、その時、私には小学校低学年の娘がいました。
バブル経済崩壊の後遺症が長引き、将来の日本社会に対する絶望感が蔓延している中、小さな娘に”生きる力”を与える使命が自分には残っていると思いました。

先のフランクルの言葉の「生きることがわたしたちになにを期待しているか」は、私にとって「娘を育てることが私が人生から期待されていること」となったのです。
そういう意味では、小さな娘の存在が私を救ってくれたと言っても過言ではありません。

その後も、健康を損なって死を覚悟したことがありますが(けっこう厳しい人生を送っています)、生きている限り誰かの役に立つことが出来ると考えるようにしてきました。

私たちの多くは、健康で元気な時は、人生に「期待」ばかりする傾向があります。
「たくさんのお金を稼ぎたい」「素晴らしい相手と結婚したい」「大きな家に住みたい」…等々。しかし、人間の欲望には限度がありません。

例えば、いい会社に就職できて嬉しくても、次は出世がしたくなり、もっとお金持ちになりたくなり…。素敵な相手と結婚して嬉しくても、もっと大きな家が欲しくなり、子供ができたらいい学校に入れたくなり…。

おそらく、世界一の大富豪になったアマゾンのジェフ・ベゾスも、決して人生に満ち足りてはいないでしょう。

私は、ほとんどの人の仕事や行動は、巡り巡って誰かの役に立っていると考えています。
深夜働いているコンビニの店員さんがいなければ、朝まで空腹に耐えなければならなかったり、翌朝速くに必要な品物が手に入りません。

鉄道会社の職員さんがいるからこそ、毎日きちんと通勤・通学ができます。毎日食べている米やパンも、誰かが作ってくれているのです。

もし、あなたがワーキングプアで「このままじゃ結婚もできないし、お金持ちにもなれない」と絶望していても、あなたが従事している仕事はとても多くの人たちの役に立っているのです。

「人の役に経てても自分が幸せになれなければ意味がない」という反論もあるでしょう。
しかし、日々を「自分は人の役に立っている」というやりがいを持って明るく生きていれば、いずれ状況が好転することがあると信じています。

コイントスを10回やれば、すべて裏面が出ることもあるでしょう。しかし、そこで止めずに100回、1000回と続ければ、半分くらいは表面が出て来るはずです。

あなたがどのような状況にあっても、誰かのために何かをすることはできるはずです。
人生があなたに期待している以上、あなたの人生は大きな意味があるのです。


編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年8月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログ(http://ameblo.jp/masahiko-shoji/)をご覧ください。

荘司 雅彦

最終更新:8/5(土) 7:05
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