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生活保護の女子高生、奨学金も夢も奪われ今なお終わらぬ葛藤

8/5(土) 6:00配信

ダイヤモンド・オンライン

● あの女子高生はいま? 奪われた学園生活と希望

 2014年4月、福島市の生活保護母子世帯で育つ高校1年生の少女が、自らの努力によって獲得した給付型奨学金の全額を収入認定(召し上げ)された。約1年半後の2015年8月、厚労省は福島市の決定を不当とする厚労大臣裁決を下した。さらに給付型奨学金およびアルバイト収入を塾代などに充当することを認める通知を発行し、用途の制限を緩和した。

 少女はその後、夢へ向かって歩みつづけているのだろうか。

 2017年7月、私は2年ぶりに彼女・アスカさん(18)と対面した。

 2015年のアスカさんはシャープなイメージを漂わせ、ハキハキとした口調でこれまでの歩みと将来の希望を語る、建築家志望の聡明な高校2年生だった。そのときすでに、高校生活の困難から、アスカさんは大学進学を断念していたが、建築家への次の歩みとなる就職のために努力し続けていた。

 目の前のアスカさんの顔立ちや表情からは、2年分の成長が感じられる。しかし2年前の明るさは全くない。大学進学を断念し、夢に近づく就職も断念したアスカさんは、結局は入学した高校での学校生活と卒業まで断念することになり、現在は通信制高校に在学している。また精神的な健康も失われ、心療内科で治療を受けている。

 アスカさんのかつての高校の同級生たちは、この3月に卒業し、今は大学進学など次のステップに進んでいる。

 アスカさんに何が起こったのかを理解するためには、アスカさんと母・ミサトさんのこれまでの歩みを知ることが、どうしても必要だ。やや長くなるが、その経緯を紹介したい。

● 「前例」「均衡」を理由として 理不尽に奪われた給付型奨学金

 アスカさんと母・ミサトさんが生活保護で暮らし始めたのは、アスカさん小学6年生の夏だった。それまで、母娘はあらゆる面で不安定な生活を余儀なくされてきたのだが、ミサトさんが心身を病み、生活保護以外の選択肢がなくなったのだ。2015年、高2だったアスカさんが語ったところによれば、小学6年の時に生活保護で暮らすことになって、「少し落ち着いたかな? という感じになりました」ということだった。

 中学生になったアスカさんは、「建築家になりたい」という夢を抱いた。落ち着いた勉学どころではない環境にあったアスカさんの成績は、中の下というところだった。しかし「夢に向かって進むことをやめたらダメになる」と始めた猛勉強は、成績の急上昇に結びついた。中学3年のときには給付型奨学金に応募し、高校3年間にわたって年間17万円を獲得できることになった。ちなみに、高校生活を送るにあたって学費以外に必要な経費の平均は、年間41万円である。

 アスカさんはさらに、志望校であった公立高校にも合格し、建築家への夢へと近づいた。実習や遠隔地への視察旅行など、普通科の高校生より多くの費用を必要とする高校生活は、自らの努力によって獲得した年間17万円の給付型奨学金によって、大きな問題なく送れるはすであった。

 もちろん、給付型奨学金の選考に合格したことや年間の給付金額などは、その時点で担当ケースワーカーに報告していた。

 ところが、希望の高校に進学した直後の2014年4月、担当ケースワーカーは、給付型奨学金を全額「収入認定」することを母娘に告げた。

 生活保護世帯は、生活保護基準の範囲で生活を営む義務があるため、それ以上の収入は、原則として「収入認定」、つまり召し上げられてしまうのだ。しかし、生活保護の目的の1つである「自立の助長」のために使用するのであれば、「収入認定除外」(召し上げない対応)とすることが望ましい。このことは厚労省も通達などで繰り返してきている。しかし、福島市のケースワーカーが述べた理由は、「国の規定」「一般世帯と均衡が取れない」「前例がない」だった。

 なお、給付型奨学金の趣旨を考慮し、高校生自身が全額使用できるようにしてきた自治体は、2015年当時も他地域にはあった。「前例」はあったし、それを可能にする厚労省の運用規則もあった。しかし、福島市のケースワーカーたちは知らなかったのだ。

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