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初代天皇は一体誰なのか?「二人のハツクニシラス天皇」の謎

8/6(日) 12:00配信

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ハツクニシラス=国を初めて統治した天皇はどちらか? 

 第10代崇神天皇は『古事記』で「所知初国之御真木天皇」、『日本書紀』で「御肇国天皇」、『常陸国風土記』でも「初国所知美麻貴天皇」と記されている。複数の文献にこのように記されているところから、崇神天皇に対する共通認識が存在していたことが知られる。

 ではそれまでの9代の天皇はどういう扱いになるのか。『古事記』『日本書紀』ではともに神武天皇が初代天皇として即位する。そしてその後の2代から9代の天皇は、系譜的記述のみで特に物語が記されないところから、欠史八代と呼ばれている。崇神天皇に与えられたハツクニシラススメラミコトの称号が仮に初代の天皇を示すものであるとするならば、神武天皇及び欠史八代の天皇の位置づけが不明瞭なものとなってしまう。ただ『日本書紀』の場合には神武天皇にも初代天皇らしき名称「始馭天下之天皇」が見受けられる。つまり『日本書紀』では神武天皇と崇神天皇ともに「ハツクニシラススメラミコト」と呼ばれていることになる。

 従来、なぜ2人の天皇がハツクニシラススメラミコトと称されるのかが問題とされてきた。例えば天皇系譜が今のような形へと整えられる過程で生じた事態として捉える見方がある。本来は崇神天皇が初代の天皇であったものが、神武天皇と崇神天皇の2人に分割され、さらに間に八代の天皇を加え、より古の時代に初代を位置づけようとした、その際に両者にこの呼称が残存したものとする見方である。『風土記』では崇神天皇以前の天皇に関する記述がほとんど無いということとも関わる見方となろう。

 また、歴史学の方からは王朝交替論との関わりで説かれる場合もある(江上波夫説等)。神武天皇を旧王朝の王として捉え、崇神天皇を新王朝(例えば北方の騎馬民族による征服王朝)の初代天皇として位置付ける見方である。

 一方で、両者の呼称を歴史の発展段階との関わりで説くものもある。神武天皇が初代天皇であるのに対し、崇神朝はそれまで服属していなかった遠国をも平定し、天下太平を実現した御世であるという意味で、どちらもハツクニシラススメラミコトであると理解する見方である(古くは本居宣長が師の賀茂真淵の説として紹介している)。崇神天皇の御世を国家経営の開始の時代として位置付けるわけである。また、ハツクニシラススメラミコトとは一人の天皇に限定される呼称ではなく、毎年初春の聖なる一日に国を原初の状態に還元する偉大なる威霊の持主の呼称であるとする説(高崎正秀説)などもある。

文/谷口 雅博

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