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否といい続ける作家の硬派なロマンチシズム

8/6(日) 11:00配信

Book Bang

 作家がモノをいわなくなった昨今、ミステリの巨匠たちは、歴史に、国家に、権力にと、否というべきときにはいい続けている。

 たとえば、西村京太郎は戦後七十年の節目の年から、『暗号名は「金沢」 十津川警部「幻の歴史」に挑む』(新潮文庫)等、戦争絡みの作品を続々と刊行。平和の尊さを訴え続けている。

 かつてドキュメントノベル『悪魔の飽食(三部作)』(角川文庫)を発表した森村誠一も決して権力に屈したことのない書き手といえるだろう。

 本書『美しき幻影 遥かなる墓標のもとに』もそうした一巻である。

 作者はいう――「戦後、永久不戦を誓い、数十年戦争をしなかった日本は、世界の尊敬を集めたが、政権を私物化した与党の独善的支配者は、美しい日本の建設を呼び掛けながら、いつか来た道を再び歩み始めた。つまり、偽りの美しい日本である」と。

 これが何を指しているかは誰もが知るところであろう。

 そして、私も思う――こんなことだから、憲法第九条を早く世界遺産に申請していればよかったのだと。

 だが、この作品は決してお固いばかりの小説ではない。これほどの硬派の内容を扱いながら、物語は、誰にでもある甘美な青春のロマンチシズムの結晶なのである。

 後に作家となる三杉道久は、旅行研究会(ワンダーフォーゲル部)に属していた。彼は、一年先輩でマドンナ的存在の新村桐子と二人だけで北アルプスを縦走する。

 その後、意に染まぬ結婚をした桐子は癌で他界。彼女の遺言は、戦争中、徴兵を忌避し、アルプスの最奥地、雲ノ平で消息を絶った祖父の跡を自分の位牌を持って追ってほしい、というものだった。

 青春の情熱が甦るままに、再び北アルプスを目指す道久――。

 この反権力テーマとロマンチシズムの融合は、恐らく森村誠一ならではのもの。

 作家がモノをいうということはどういうことか。この一巻はそのことを私たちに切々と教えてくれる。

[レビュアー]縄田一男(文芸評論家)

新潮社 週刊新潮 2017年8月3日号 掲載

新潮社

最終更新:8/6(日) 11:00
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