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今日は何の日~ガダルカナル島の戦い。ラバウル基地より攻撃に向かった撃墜王・坂井三郎が奇跡的な生還

8/7(月) 6:40配信

PHP Online 衆知(歴史街道)

昭和17年8月7日

昭和17年(1942)8月7日、アメリカ軍がソロモン諸島最大の島ガダルカナル島に上陸を開始、半年に及ぶガダルカナルの壮絶な戦いの始まりでした。 そして戦いの初日にあたる8月7日、1000km彼方のラバウル基地より攻撃に向かった撃墜王・坂井三郎が重傷を負いつつ、奇跡的な生還を果たしています。
昭和17年8月7日午前8時。ニューブリテン島ラバウル基地より、坂井三郎ら零戦隊18機はニューギニアの連合軍基地を叩くべく、出撃しようとしていましたが、突如、「待て」と命じられます。 実はソロモン諸島の東南端で最大の島であるガダルカナル島に早朝より、優勢なアメリカ軍部隊が上陸を始めているので、これを爆撃すべく陸上攻撃機(陸攻)隊を派遣することになった。ついては、ラバウルの零戦隊は陸攻隊を護衛してガダルカナル島(ガ島)に向かえ、という新命令が出されたのです。 とはいえ搭乗員たちは誰もガ島の位置すら知らず、「ガダルカナルとは舌をかみそうな名前だな」と言い合っている始末でした。
航空図で調べると、ラバウルより片道560カイリ(約1040km)もあり、それまでの最長記録である台湾~ルソン島間830kmを軽く上回ります。しかも今回は、ガ島上空で待ち受ける敵の艦上戦闘機と戦う公算が大でした。つまり敵と空戦を行ない、なおかつ往復2000kmの飛行をぶっ続けで行なうわけです。それでも坂井三郎はじめ、笹井醇一、西沢広義、太田敏夫らトップエース揃いのラバウル航空隊17機(1機故障で出撃できず)は、臆することなく、27機の一式陸上攻撃機を護衛してガ島へ向かいました。

午前10時20分頃、坂井らは陸攻隊とともにガ島上空付近に差し掛かり、海面を埋め尽くす敵の大船団を確認します。 アメリカ軍は坂井らの接近を事前に察知しており、空母エンタープライズ、サラトガ、ワスプから発進した約60機のグラマンF4Fワイルドキャット戦闘機が待ち構えていました。陸攻隊は陸上攻撃用の爆弾を敵船団に向けて次々と投下、残念ながら目ぼしい戦果は確認できないまま、ガ島上空から反転し、帰途につきます。坂井らは護衛に徹して敵戦闘機の接近を防ぎつつ、陸攻隊を安全圏まで掩護しました。そして、もう陸攻隊への敵機の追撃はないと笹井中隊長が判断したところで、陸攻隊と別れ、零戦隊は再びガ島上空に戻ります。もちろん敵機と戦うためでした。

この時、坂井は二人の部下と3機でペアを組んでいましたが、ガ島上空に戻ったところで、敵戦闘機隊が上空から奇襲をかけてきて、零戦隊はめいめい応戦に追われます。気がつくと坂井の2番機、3番機の姿が見えません。 坂井は急いで部下たちを探し、下方で敵機に追われている2機を発見します。坂井は敵機の気を逸らすべく、3500mほど急降下して攻撃をかけました。敵は部下たちから矛先を変え、たちまち坂井と敵F4F戦闘機の一騎討ちとなります。4旋回、5旋回と左垂直旋回の巴戦が続き、荷重で脳貧血が起こりかけ、血液が下に行って両足が膨れてきます。しかし苦しさから逃れようと、次の動作に移った方が負けでした。果たして敵は機首を上げて、宙返りを打とうとし、その一瞬の隙をついて坂井は機銃弾を敵に見舞います。敵はパラシュートで脱出し、坂井のF4F初撃墜となりました。部下と合流した坂井は、攻撃をしかけてきたSBDドーントレス爆撃機を撃墜、さらに敵を求めます。

この日、77機の敵機に対し、17機の零戦隊は36機を撃墜しました。坂井は前方に8機の敵機を認め、背後から急接近し、機銃を撃とうとします。ところが…。 坂井が戦闘機と信じて接近した敵はドーントレス爆撃機でした。爆撃機には後部銃座に2挺の機銃が据えられており、坂井に向けて16挺の機銃が向けられていたのです。それでも坂井は機銃を放ち、2機に火を噴かせますが、自らも被弾、頭部に受けた一撃で意識が遠のきます。坂井機はぐんぐん高度を下げますが、風防板が被弾で失われていたため、強い風圧で坂井は意識を取り戻しました。坂井は後年、この時、「そのぐらいの傷で死ぬのか、意気地なし」と叱咤する母親の声を聞いたように思うと語っています。出血で視界は赤く、左手、左足も動きません。それでも視界の端に黒いものが通り過ぎるのを感じ、それが敵の輸送船団であることに気づきます。坂井機はガ島近くの海面まで降下していました。 輸送船団の砲火をかいくぐり、坂井はどうせ死ぬのなら、敵機と戦って死にたいと考えます。

しかし、敵機は現われず、坂井は愛機が致命的な損傷を受けていないことを知って、ラバウル目指して飛べるだけ飛ぼうと考えを変えました。それからガ島を後にすると、悪戦苦闘して頭部の傷を止血、睡魔と戦いながら、かすむ目で愛機を操縦します。実はこの時、眼球に細かいガラスの破片が刺さっていたのです。それでも何とかニューアイルランド島付近まで戻り、フラフラになって飛ぶ坂井機の姿は、ガダルカナルに殴りこみをかけるべく(第一次ソロモン海戦)向かっていた、三川軍一中将率いる第八艦隊に目撃されています。もはや燃料はほとんどないというところで、坂井はようやくニューブリテン島のラバウル上空に至りました。他の零戦隊が帰還してから1時間30分以上も経ってからのことで、搭乗員の誰もが坂井は戦死したと思っていただけに、皆が驚喜したといいます。

気力を振り絞り、微妙な操作で何とか指揮所近くに愛機を着陸させた坂井は、駆け寄った西沢と太田の肩を借りながら、なんと血まみれの姿でまず司令に報告し、それから昏倒して医務室に運ばれました。凄まじい気力であり、だからこそ、この奇跡の帰還をなし得たのでしょう。

「絶望は愚か者の結論。絶対に諦めない。あの時だって切り抜けた。今日も何とかしてみせる」

この言葉は、歴史街道編集部が、坂井三郎氏本人から直接お聞きした言葉です。

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