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WWE日本公演“マニア・ツアー”――フミ斎藤のプロレス読本#061【WWEマニア・ツアー編エピソード1】

8/7(月) 8:50配信

週刊SPA!

 199X年

 ショーン・ウォルトマンは、ホテルにチェックインし、部屋に入って大きなスーツケースを床に寝かせると、かたっぱしからローカルの友だちに電話をかけた。トーキョーはこれで9回めだ。最後に来たのはもう1年以上もまえのことになる。

 ルーキーだったころはライトニング・キッドというリングネームでアメリカじゅうのインディペンデント団体のリングに上がっていたが、メジャーリーグWWEと契約して1-2-3キッドに改名した。レスラー仲間からは“キッド”と呼ばれている。

 キッドというニックネームはそう悪くない。いつもまわりにいる30代のボーイズとくらべたら、まだほんとうに子どもみたいなものだ。

 ショーンは、15歳のときにハイスクールをドロップアウトしてプロレスラーになった。両親はプロレスの世界に入ることに大反対だったから、けっきょく家を飛び出すしかなかった。

 ホームタウンのフロリダ州タンパの名門レスリング・スクール“マレンコ道場”でプロレスの手ほどきを受けた。校長のラリー・マレンコさんが2000ドルの授業料を免除してくれ、その代わりに道場のそうじや練習用具の整理整とんを手伝ったり、ケイコのときはみんなの“投げられ役”になった。

 スクールをいちおう卒業し、プロレスラーとしてデビューしたあとは、ギグを求めて放浪した。太陽の街タンパ育ちのショーンがたどり着いたのは、北部ミネソタだった。

 ミネソタに行ってみようと思ったのは、親せきの叔父さんがミネアポリスに住んでいたことと――映画のなかでしか見たことがない――雪にさわってみたいと思ったからだった。

 ミネアポリスでガールフレンドのテリーと出逢い、長男ジェシーが生まれ、それからちゃんと結婚した。19歳でパパになったショーンは、とにかく必死になって仕事を探した。ユニバーサル・プロレスリングというインディー団体とコネクションができて、1年に5回も6回もアメリカと日本を往復していたのはこのころだ。

 あんなにやせっぽちだったショーンがWWEのリングに上がることになるなんて奇跡みたいなおはなしだった。ワールド・レスリング・フェデレーション(当時)は、世界でいちばん大きなプロレス団体。本拠地はニューヨークのマディソン・スクウェア・ガーデン。プロレスラーだったら、だれもがあこがれるひのき舞台である。

 ショーンは自分の家で編集したVHSのデモ・テープ、プロフィル、ポーズ写真の“面接キット”を何度もコネティカットのWWE本社に送り、オフィスに電話を入れ、かなり強引にオーディションを受けさせてもらった。

 ニューヨークまでの往復の航空チケット代は自分持ちだったけれど、テスト・マッチでレーザー・ラモン(スコット・ホール)にまさかのフォール勝ちを収め、メジャーリーグの契約書を手にした。

 “1、2、3”はレフェリーが3回マットをたたくときのあの独特のリズム。ショーンはあの瞬間、1-2-3-キッドに変身したのだった。

「ヘイ、キーッ、もうメシは食ったか? ちょっと外へ出ようや」

 ショーンの部屋にバンバン・ビガロから電話が入った。ビガロも、トーキョーに来るのは1年半ぶりだ。新日本プロレスをホームリングにしていたころは1年のうちの3分の1くらい日本で生活していた。

 WWE所属になってからは1年を通して全米ツアーのスケジュールに追われるようになったから、やっぱりトーキョーからは足が遠のいた。今回のワールド・ツアーはなかったら、あと何年かは日本に戻ってくることもなかっただろう。

 ショーンとビガロは、30分後に1階のロビーで待ち合わせをした。

 ビガロはトーキョーをよく知っている。溜池のホテルから六本木までは歩いてもそれほどの距離ではないが、ビガロは「どうせ6ドルだろ」といって、ロビーから外に出たところでタクシーに乗り込んだ。

「ちがうよ、シックス・ハンドレッド・イェーン600yenだよ」

 ショーンは、小銭をたくさん放り込んでおいたジーンズのポケットをたたいて笑った。1円玉から1万円札まできっちり日本円の区別ができるのがショーンの自慢だ。

 六本木交差点からほんの少しだけ東京タワー方面に向かい、ひとつめの信号のところにあるロア・ビルの前にきたところでふたりはタクシーを降りた。

 久しぶりに目にする六本木の風景は、以前とそれほど変わっていなかった。ショーンは「“ハードロック・カフェ”でなにか食べよう」といったが、ビガロは「まず一杯やってから」と返事して、ドーナツ屋さん――いまはラーメン屋になっている――のすぐよこにあるスタンド・バー“ミストラル”に入っていった。

「メシ食い終わったら戻ってこいよ。オレはここにいるから」

 ビガロは、まず行きつけの酒場で顔見知りのバーテンダーとおしゃべりをしながらビールを飲むつもりだった。六本木だったら、どこへ行ってもよくしてもらえるのだ。(つづく)

※文中敬称略

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

日刊SPA!

最終更新:8/7(月) 8:50
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