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「勉強は楽しい」なんてウソ。でもその先に…… 第4回(全4回)<『中動態の世界』で考える>

8/8(火) 6:01配信

幻冬舎plus

國分 功一郎
千葉 雅也

 
『中動態の世界――意志と責任の考古学』(医学書院)の國分功一郎さんと、『勉強の哲学――来たるべきバカのために』(文藝春秋)の千葉雅也さん。4回にわたってお届けしてきた連載対談もついに最終回。
 文法学習、表現すること、「プロジェクト」の意味……会場からの質問を受けて、話はさらに広がり、終わってしまうのが惜しくてならなかった、福岡は天神、Rethink Booksでの一夜。
「読み終えるのがもったいない」と思いながらお読みいただけると、幸いです。

 * * *

■語学教育における文法軽視は大いに問題

 質問 高校の教員をやっているんですが、今、英語では、文法がものすごく軽視されています。コミュニカティブというか、与えられたものをそのまま反復していけば、語学の習得はできるよ、というような方針なんです。自分はそこに、文法を見えなくしてしまっている怖さを感じているんですが、それと、今回話されている、尋問する言語がはびこっていくということとは、関係があると思われますか。

 千葉 今、そんなに文法をやらなくなっているんですか?  それは問題ですね。僕はよく英語の勉強の仕方を訊かれるんですけど、とにかく薄い文法書を徹底的にやれと言ってるんですよ。フランス語にせよ、英語にせよ、さっきも言ったように、近代語は古典語に比べたらはるかに簡単なものだから、だいたいレッスン20ちょっとぐらいで、基本文法って終わるんです。……塾の先生みたいな話ですが(笑)。
 高校生向けの英語の文法の参考書って、3センチぐらいあったりして、大概そこそこ厚いじゃないですか。でもあんなに必要ないんですよね。基本的なことは、たぶん1センチぐらいで済む。大学の第二外国語でやるフランス語の教科書って、ごく薄いんですよ。それでいいんです。それぐらいの文法事項をまずマスターすることが基本で、あとはプラスアルファでいいんだと教えてあげると、けっこう、目から鱗みたいな反応をされるんですよね。
 だから、僕だったら、そういう教え方をぜひやりたいところなんですけど、今は、ただパターンを覚えさせるみたいになっているということなんですか。

 質問 はい、そうですね。文法が見えなくなっているために、生徒たちの思考が「する」か「される」かという二項対立で、簡単に決定づけられてしまう。文法を勉強する機会があれば、その構造について考えたり疑問を持ったりできるんだけれど、今の英語教育は、そういうことを一切考えさせないようにしている。お2人のここまでのお話を聴いていて、そんなふうに思ったんですが。

 國分 それについてはものすごくたくさん言いたいことがありますね。ちなみに千葉君が言った、このぐらいマスターすればいいという話ですけど、『ロワイヤル仏語辞典』とか、フランス語の辞書って、後ろに文法の説明があるじゃん。

 千葉 ああ。薄っぺらいのね。

 國分 そう。駒場のフランス語の先生で、教科書を使わないで、あれだけで授業する人がいたんだよね。すごいなあと、まさしく目から鱗。でも、文法の基礎的なところは、それでだいたいできるんだよね。にもかかわらず、今はそれすら軽視されているということですね。
 ちょっと無理やり僕のほうの話に結びつけると、この本のために勉強していてわかったことのひとつは、文法というものを意識することの難しさでした。たとえば今、僕らは日本語を使っているけれども、日本語の文法をどれだけ意識できるかというと、まあ、意識できない。それに意識する必要もない。
 英語、あるいは外国語の文法を勉強するってことは、母語では意識しなくてよい規則の体系に意識的になるということなんですね。だから英文法を勉強するということは、自分たちが使っている言語に対しても、意識を鋭くしていくということでもあるんですよね。
 そして、千葉君が言ったように、ほんのわずかな文法事項で、外国語の基礎というものは習得できてしまうけれど、しかし、習得したからといって、その言語を使えるようにはなかなかならない。逆に、僕らが自由に使っている日本語の文法を、そんな薄っぺらい教科書で自分で説明できるかというと、説明できない。よく言われることですが、言語の習得にはこのパラドックスがあるわけですね。
 英文法の勉強を通じて、このパラドクスをなんとなく体感していくことが、すごく大事だと思うんですよね。それが今、軽視されている。

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最終更新:8/8(火) 6:01
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