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光源氏もプレゼント! 平安の流行色「今様色」とはどのような色か

8/8(火) 6:01配信

オトナンサー

 毎年、ファッション業界などで注目を集める「流行色」。米パントン社や日本流行色協会(JAFCA)によってその年のトレンドを主導する色が発表され、さまざまな分野や市場に影響をもたらします。しかし、流行色は現代に始まったものではなく、日本でも遠い昔から存在していました。

【画像】平安時代の流行色「今様色」

 今回は、平安時代の流行色についてカラー&イメージコンサルタントの花岡ふみよさんに聞きました。

「今様」は「当世風」の意味

 花岡さんによると、平安時代の流行色は「今様色(いまよういろ)」と呼ばれています。今様とは「今はやりの」「当世風の」という意味。「今」は平安時代を指し、遅くとも、10世紀頃にはこの色が流行していたとみられるそうです。

「色合いについての表記は書物によってばらつきがあり、『源氏男女装束抄』には『今様色とは紅のうすき、ゆるし色』(=淡いピンク色)、『胡曹抄』には『今様色トハ紅梅ノ濃ヲ云也』(=濃い赤色)と記述されていました。現在では、紅花染めの濃い赤色を指すと考えられています」(花岡さん)

 平安時代中期の「源氏物語」において、光源氏が最愛の妻「紫の上」へ贈った着物にも「今様色」との記述があるようです。

 紅花の花びらは黄色ですが、水に入れて黄色の色素をもみ出すことで、赤の色素が抽出されます。平安時代、紅花を使って染める紅色は非常に高価だったため、高位の官人以外の着用を禁じる「禁色(きんじき)」とされ、今様色もこれに含まれていました。

紅花の原産国はアフリカ地域

 なお、今様色の染料だった紅花の原産国はエチオピアからエジプトにかけての地域で、シルクロードの交流が盛んになるにつれてアジアへ、5~6世紀頃には日本へ渡来します。日本では古くから、色の種類によらず染料のことを「藍」と呼んでいましたが、紅花は呉の国から伝わったため「呉藍(くれあい)」と呼ばれ、やがて「紅(くれない)」に転じたと考えられています。

 ちなみに「紅色(べにいろ)」と呼ばれるようになったのは近世以降のこと。紅花染めが制限されていた江戸時代には、茜(あかね)や蘇芳(すおう)などの植物を使って赤色を抽出していたことから、それらと区別した「真の紅色」との意味で「真紅(しんく)」が使われるようになったそうです。

オトナンサー編集部

最終更新:8/8(火) 6:39
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