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受付で「どなた?」 メザシの土光さんが東芝社長に、再建は「チャレンジ」で!?

8/8(火) 12:12配信

NIKKEI STYLE

 清貧ぶりと無私の姿勢で「メザシの土光さん」と慕われ、1980年代の行政改革の先頭に立った土光敏夫氏(どこう・としお、1896-1988)の「私の履歴書復刻版」(日本経済新聞1982年1月掲載)。IHIの社長を退いた土光氏のもとに東芝社長就任の懇請が来ます。減配続きの東芝立て直しがその責務でした。
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■東芝社長に――「再建」石坂氏に請われ 早朝初出社 受付で「どなた?」

 昭和40年(1965年)5月、私は、石坂泰三氏(当時、東京芝浦電気会長)の懇請を受けて、東京芝浦電気の社長に“就かされ”た。与えられた責務は、減配続きの東芝立て直しである。

 日ごろ尊敬している石坂さんの頼みではあり、石川島と東芝とは昔から協力関係にあって、私も長い間、東芝の非常勤役員をしていた関係上、経営のピンチを他社ごととは思えず、お引き受けした次第である。

 しかし、この人事は、まだ正式に話が煮つまらない段階で新聞に発表され、多少、トラブルめいたことがあった。つまり、石坂さんが前任の岩下文雄社長と十分に話し合わない内に、新聞に書かれたのである。そのため、世間でいろいろ取り沙汰(ざた)されたが、結局は円満に運んだ。が、私にとっては、正式な要請から内定するまでに1週間の余裕しかなく、その短期間にあわてて、方策を考えた。

 なにしろ、東芝は、資本金も従業員数も石川島の3倍くらいはある。その大所帯が病気にかかっているわけだから、病根を探すにしてもたいへんだ。原因はどこにあるか、対策はどう見付けるか。種種調べてみた。その調査の結果、大きく安心することが一つあった。会社が擁している人材の優秀さである。これだけ有能な人間を抱えておれば、その活用さえはかれば、必ず再建できる、まず大丈夫とふんだ。

 人材活用のためには、二策をたてた。

 1つは、組織にバイタリティーを与えること。2つ目は、各事業部に100パーセント権限を委譲して、権限を存分に使えるようにすること。

 私は、就任後直ちに、「一般社員は、これまでより3倍頭を使え、重役は10倍働く、私はそれ以上に働く」とハッパをかけた。10倍以上働く率先垂範は、私の出勤時間である。毎朝7時半には出社した。ところが、初出社の日、まさか社長がそんなに早く出て来るとは思わないものだから、受付では「どなたでしょうか」「こんど御社の社長に就きました土光という者です。よろしく」などという珍妙なあいさつが交わされ、微苦笑を誘う光景が出現した。守衛は、びっくりして最敬礼したのを覚えている。

 最敬礼といえば、電機業界では、もっぱら、「東芝は侍」だと評されていた。「東芝は侍」というのは、武士の商法という揶揄(やゆ)を含めているのだろうが、誇り高く、礼儀も正しい。社長室に入ってくる人間がみな、最敬礼をする。石川島ではこんなことはなかった。私は、どぎまぎした。最敬礼をやめてくれ、と口で言っても無理だろうから、私も社員に対して最敬礼することにした。そうすると、逆に向こうが困る。そのうち、ようやく最敬礼はなしになった。

 社員の意識改革を行い、組織にバイタリティーを吹き込むには、機構改革が手っ取り早い。まず、それに手を付けた。従来あった専務会や常務会を廃止し、新たに「経営幹部会」を設けた(のちに別の目的で「常務会」という名称は復活する)。経営幹部会は、常務以上の役員が社長と一体となって経営方針を検討し、決定する最高の機関とした。

 次に、事業部グループ制を廃止し、グループ責任者としての「担当役員」も性格を改め、機能別の分担役員とした。つまり、今までは事業部長の上に担当役員がいて、事業部長は役員に決裁を仰がなければ事が処理出来ない仕組みになっていたのを、決裁権まで事業部長に与えて、100パーセントの権限委譲をした。

 この仕組みは、44年には、目標管理制度の導入とあいまって、事業部内閣制にまで発展する。

 事業部を一つの会社と考え、部長はその社長である。その社長を補佐する集団が事業部内閣で、これを中心に「事業部経営会議」が開かれる。そこで、自主的に目標を設定し、それを遂行する。予算も作れば、その行使も自由。たとえば、部員の海外出張なども、必要あらば部長が判断して行かせればいい。

 ただし、最後の責任はトップがとる。そのため、コミュニケーションだけは、しっかり通じるようにしておく。日常の仕事は事業部に全面的にまかせ、トップ、役員は、その活動を外側から管理し、援護すればいいのである。こうしておけば、なにもかも自主的にやらざるを得ない。「今年度は、これこれを目標に、〇〇額の利益を上げよう」。目標は自分たちが作ったのだから、その達成のために全員ハッスルする。万一、それが達成されなければ、こんどは私がチャレンジする。この方法を、「チャレンジ・レスポンス経営」と名付けたが、これについては、のちに詳述する。
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最終更新:8/8(火) 12:12
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