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時速300kmで助手席の女性と会話できる──日産GT-Rの開発責任者に聞く

8/9(水) 12:12配信

GQ JAPAN

「時速300kmで助手席の女性と会話できる」という指標を立てたのはこの人だった。

■桜井眞一郎の韜晦

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日産の名跡スカイラインは、重い相克を背負ったクルマであった。

その神性は2代目のとき確立された。1964年の日本グランプリに際し、現場で競技用スカイラインを担当する桜井眞一郎はエンジンルームを切って伸ばして直6を移植するという強引な手法に打って出て、ポルシェの純レーシングカー、904をいったんは抜く健闘を見せて日本じゅうに一大センセーションを巻き起こす。これを受けて3代目では、レース専用メカニズムと思われていたDOHC4弁(バルブ)の直6を積む仕様が用意されてGT-Rのサフィックス(添え字)が与えられた。こうしてスカイラインGT-Rは日本の自動車史に輝く金字塔となった。

その3代目以降7代目まで一貫してスカイラインの開発主管の任を負ってきた桜井は、引退後に取材に応えてこんなことを洩らした。

「GT-Rを作ったために後輩たちに重い荷を背負わせてしまった。作らなければよかったと思うこともある」

桜井が担当した往時のスカイラインを同時代的に知らず、手垢のついた伝説だけを聞かされてきた人たちにとっては、一種の韜晦にも聴こえるかもしれない。その真意はこうだ。

桜井眞一郎という技術者がスカイライン像として目指したのはGT性能を担保したセダンであった。GTとは欧州で確立された概念で、大陸における高速長距離移動を可能にする自動車のこと。絶対性能のみ誇示するのではなく、然るべき安定性やある種の穏和性と共にあるそういう種類の優速を備える機械。それでいて家族や友人を乗せて日常的に愛用できるセダンであること。それが桜井の目指したスカイラインであった。

だがスカイラインGT-Rは既に偶像となっていた。人々の期待は、そのサフィックスがカタログから消えた時代にも衰えず膨らみ続ける。そして8代目R32系のときに舵が大きく切られてスカイラインの航路が変わった。このとき世界の頂点を望む80年代後半の空気と、グループAレース制覇というモチベーションに過給されて復活したGT-Rは、自動車技術における先達たる欧米の壁をぶち破って、確かに高性能車世界の最前線に並ぶことになった。だが傍らで基準車が割を食った。GT-R先導で進んだ開発ゆえ、セダンとして担保すべき日常性やGT性の一部が殺がれることになってしまったのだ。そのためにスカイライン全体の市場プレゼンスは大いに減ずるに至ってしまう。GT性能をもつセダンとGT-Rの相克が片方に振れてしまったそれは結果とも言えた。

■ポルシェを抜く

21世紀の日産は、その相克が生む悲劇を避けるべく商品展開策を採った。スカイラインは国際的EもしくはDセグメントを手本にしてGT性能を有するセダンに徹する。そしてGT-Rを独立させる。

そのR35系GT-Rは稀代の企業内集団統率者たる水野和敏の功もあって突出した高性能車になっていた。

それはそれで正しかった。ニュルブルクリンク北コース最速を目指したGT-Rは実際にポルシェがもっていた計時を凌駕してそれを達成した。商業的成功で先代997系のターボ以降、クルマ作りが弛みかけていたポルシェは慌てた挙句、計時条件に疑義を差し挟むなど大人げない反応を示した。彼らが東洋の製品に対して初めて真剣に脅威を覚えた、それは証しだった。国内専用車でなく国際商品として生まれたGT-Rは、世界に向けての日産の大看板になった。

だが、水野の跡を襲って2013年からGT-Rの企画責任者となった田村宏志は航路を微修正した。

田村は桜井眞一郎麾下の旧プリンス出身組の中で、技術者ながら商品企画者として育った男である。プリンス時代から桜井の下で実験開発に腕を振るった古平勝には直接の薫陶を受けたという。その古平はやはり桜井と市販車の高性能についての原則を共有にする古強者で、試作に終わったミドシップ、MID4の開発のときですら「雨のアウトバーンでポルシェを抜く」を合言葉としていた。

そんな水で育ったからだろうか。田村は再び相克に立ち向かうような舵の切りかたをしたのである。もともとR35企画時に「時速300kmで走行中に助手席の女性と会話が交わ せる」という指標を立てたのは彼だった。その指標に田村はあらためて立ち返る。そしてGTに期待される能力とGT-Rに期待される能力の相克が釣り合う分水嶺に線を引き、嶺の両脇すぐにGT-Rを作り分けた。標準車はGT性能─前期型が僅かに看過していた─がもたらすドライビング・プレジャーに寄せて重心を置く。そしてNISMO仕様、なかでもトラックエディションではハードコアに速さを研ぐ。そちらだけでなく基準車のほうも、予想される軟弱化したとの世評を吹き飛ばすべく570馬力に増強して空力も磨く。

相克は単に負荷を生むだけでなく、時に異常なエネルギーを醸成することがある。先達の相克を見て育った田村はそれを知っているのだろう。

スカイラインに関わる日産の人々を苦しめてきたGTとGT-Rの相克。それを知らねば真のスカイラインとGT-Rの理解者とは言えない。

田村宏志(たむら・ひろし)
1984年入社後、オーテックジャパンに。93年より日産の商品企画本部でR34GT-RのNISMO ロードカーを担当する。2013年から現職。

沢村慎太朗

最終更新:8/9(水) 12:12
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