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大阪支社再建も、ナゾの小岩井乳業転出 キリン社長「寝耳に水」のリストラ遭遇

8/9(水) 11:52配信

NIKKEI STYLE

――大阪支社の建て直しが終わると息継ぐ間もなく今度は小岩井乳業の再建を託された。

 キリンビールの布施孝之社長の「仕事人秘録」。第11回は小岩井乳業で再建に取り組んだ日々を振り返ります。
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 2010年の春でした。辞令をもらった瞬間、頭が真っ白になってしまいました。小岩井乳業の社長をやれと言うのです。意味が分かりませんでした。大阪支社の社員たちも「何でやろ」と随分、不思議がっていました。

 しかし、決まったことをあれこれ言っても始まりません。考えてみれば小岩井は乳製品の業界では歴史のある名門企業です。「行くからには小岩井の人間になりきって、骨をうずめよう」。覚悟を決めて東京都千代田区の神田にある本社に乗り込みました。

 ところがです。行ってみると様子がおかしい。朝、私が「おはよう」と声をかけても返事は弱々しいし、雰囲気も暗い。「またキリンビールから落下傘のように社長が降りてきた」とでも思っているのか、と考えないようにしていました。

 しかし、事態は深刻でした。高級ブランドを持つ名門企業とは表向きのこと、台所は火の車で、債務超過を脱したものの赤字が続いていました。会社存続のためにすでに大リストラをすることが決まっていました。

 知らないのは私ばかり。前任社長は「何だ、何も知らされていないのか」と驚きながら、リストラ計画の内容を教えてくれました。地方の営業拠点の廃止、525人いる社員のうち100人を転籍、60人には希望退職してもらうというものでした。

――リストラで会社を辞めてもらう人に手紙を書いた。

 5月末からの説明会で全国を回りました。「このまま行くと会社がもたない。存続のためにリストラせざるを得ない」と説明するのですが、社員に言わせれば当然「親会社の方針が二転三転したからではないのか」「経営責任はどうとるのか」となります。

 つらい仕事でした。しかし、やらなければならない。人員削減は本部長や工場長なども対象でしたので、幹部は私が直接、面接しました。何とか納得してもらい秋が深まる頃にはリストラ対象者を全員確定させました。

 会社を去らなければならなくなった人たちはどんな年の瀬になるのか。そう思うと何か自分にできないかという気持ちがこみ上げてきました。直接思いを伝えよう。辞めていく人たちに手紙を書くことにしました。1人便箋3枚。それぞれ在職中に貢献してくれたエピソードを文章に込めました。1人ずつ本人に手紙を渡したのは年末のことでした。

 年明けに私の元に届いた返事のなかには「リストラは思いもしなかったが、あなたが社長の時で良かった」と書いてあるものがありました。色々、思いもあったでしょう。それでも会社のために身をひいてくれたのです。

 残された自分たちは何が何でも再建を果たさねばなりません。どうするか。思案を巡らせる日々が続きました。
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[日経産業新聞2016年8月8日付]

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最終更新:8/9(水) 11:54
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