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欧州における「トランプの意外な効用」?

8/9(水) 12:13配信

Wedge

 米ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が、Project Syndicateのサイトに7月6日付けで掲載された論説において、「トランプにも効用あり」という逆説を欧州に適用して分析しています。論説の要旨は次の通りです。

 最近フランスのある会議で何人もの欧州人が、トランプは結局のところ欧州にとって悪くないかもしれないと言って、米国の参加者を驚かせた。彼らの言い分が正しいかどうかチェックしてみよう。

 ほとんどの点において、トランプ大統領は欧州にとってひどいことになっている。トランプは、EUを嫌っているようであり、メルケル首相よりエルドアン大統領、プーチン大統領との方が馬が合うようであるし、英国のEU離脱を歓迎している。NATOの第5条(集団防衛の義務)についても、なかなか再確認しようとしなかった。欧州では支持する者の多い気候変動に関するパリ協定からは離脱し、いくつかの国連機関への拠出も削減した。トランプ大統領は個人的にも、欧州での支持率が低い。

 しかし、この不人気――反米ではなく反トランプ――が、欧州の価値観に梃入れをする効果を生んでいる。ナショナリズムとポピュリズムの合わさった最近の風潮は、トランプが選ばれた時が最高潮で、以後ポピュリスト政治家はオーストリア、オランダ、フランスで敗退している。EUからの脱退を強硬に主張したメイ首相も、総選挙で多数派を失った。

 欧州の経済成長は未だ弱く、失業率も高く、2008年金融危機以来激化した国内の政治的対立も続いている。それでも、9月のドイツ総選挙で極端なナショナリストが首相になることはないだろう。

 Brexitの交渉は厳しいものになろう。しかし、英国民はEUそのものに反対したのではなく、移民の多さに反対しただけであることに着目するべきだろう。英国がEUに入ったまま移民だけ制限しようとしても、EU側が許さない構えだが、ここには妥協の余地があろう。EUの核となる諸国と英国との間では移民の自由を認め、その外側にある諸国との間では制限するというやり方である。つまりEUを「重層的」なものにするのである。EUは既に、関税同盟、ユーロ(通貨同盟)、シェンゲン協定(域内移動の自由)という、重層的な構造になっている。

 トランプが米国の信頼性を疑わしいものにしていることで、防衛面での欧州独自の協力が脚光を浴びるようになっている。欧州の共同防衛体制を築く努力が開始されているが、その動きは遅い。もともと、英国の他にはフランス程度しか、まともに国外派遣できる兵力を有していない。しかし、ここでも重層的なアプローチができる。ロシアの脅威にはNATOを強化することで対応し、バルカンで武力紛争(最近マケドニアは内戦の瀬戸際にあった)が起きるのを防ぐには欧州諸国がPKOを派遣できる。そして混乱するリビアの安定化、地中海を渡海する難民の救出、北アフリカ及び中東での欧州人人質の救出等においては、フランス、英国、ドイツ等の兵力を用いることができよう。欧州は、簡単には共同防衛体制を構築できないだろう。しかし、その必要性は高まっており、皮肉にも不人気なトランプがそれを促進するかもしれないのである。

出典:Joseph S. Nye Jr.,‘Trump’s Gift to Europe’(Project Syndicate, July 6, 2017)

 ナイ教授はこれまで「ソフト・パワー」などの言葉を駆使して、世界を主導する米国のイデオローグ的存在として振る舞ってきました。同氏は「ソフト・パワー」とは正反対のトランプの登場で意気消沈しているというわけでもないようで、ここでは「トランプという毒の効用」という逆説的アプローチを編み出し、それを欧州に適用しています。「重層的協力」が彼の新たな標語となりました。これは、緊密度の異なる組織が重層的に存在、活動して、全体的には西側の価値観、利益を実現する体制とでも言えるでしょう。一つのヒントにはなる考え方です。

 ナイ教授は、米欧における国家主義的ポピュリズムが引き潮にあり、EU解体の勢いも止まったと述べています。ポピュリズムのマグマは今でもありますが、EU解体の勢いが止まったことは事実であり、投資家のジョージ・ソロスなどは英国で再選挙が行われて、Brexitが否定される可能性すら指摘しています。イタリアの銀行危機は解決され、ECB(欧州中央銀行)は金融緩和からの出口を探る状況で、EU経済は上げ潮にあるとも言えるでしょう。

 欧州独自の防衛体制構築には時間がかかるという点は、その通りでしょう。そのような体制は既に長年存在していますが、各国ともNATOとの二重投資を嫌がって、名ばかりの存在にとどまっています。ナイ教授が指摘している「フランス軍の域外行動」などは、既に何度も行われていることです。そして、トランプは、欧州にもっと軍事的負担を負わせたいと考えているだけで、欧州からの軍事的な撤退を考えているわけではないでしょう。欧州から撤退した米国は「偉大」ではあり得ないでしょう。その点をトランプが理解していることは、今回G20の直前にポーランドを訪問して、NATO第5条にも言及した上で、米国のコミットメントを強調して喝采を得た点を見ても明らかです。

 なお、トランプ政権から「ネオコン」的な発想が消えていることは、歓迎すべきことかと思われます。民主主義を広めるのはいいことですが、それを反政府活動支援や武力介入によって実現しようとすると無用の混乱と人道的悲劇ばかり呼ぶことになります。トランプ政権は麗しいイデオロギーを掲げませんが、逆に、キッシンジャー的な冷徹な利益と力の計算に基づいた取引ができる可能性のある政権であるとも言えます。これもまた「トランプの効用」と言ってよいのでしょう。

岡崎研究所

最終更新:8/9(水) 12:13
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