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勝者ガトリンに“He is a doper!”ボルトが善なら、悪役とされた男。

8/9(水) 10:31配信

Number Web

 それは異様な光景だった。

 世界の注目を集めた男子100m。

 誰もがウサイン・ボルトが勝ち、引退の花道をロンドンで飾ることを望んだ。彼が負けるなんて、「想定」にはなかった。

 ただし、今季のボルトの走りを見ていれば、勝つことが簡単ではないことは想像がついた。大会前ベストタイムは9秒95。加えて得意とする200mに出場しないとなると、好調とは程遠いことが想像できる。

 人間は、見たいものしか見ない。ロンドンの人々は、好みの「ストーリー」を用意して待っていた。

 そこに闖入者が現れた。

 ジャスティン・ガトリンだ(しかもこの日は裸の男性、「ストリーキング」がトラックに乱入していた)。

悪意の「ウサイン・ボルト! ウサイン・ボルト!」

 100mのフィニッシュ・ラインを先頭で駆け抜け、ガトリンにしてみれば、長年、ターゲットとしてきたボルトに勝ち、人生最高の瞬間を迎えていたに違いない。

 ガトリンはスタジアムのモニターで着順を確認し、自分が勝者だと分かると、人差し指を口に当て、「シーッ」という仕草をして、

 「俺が世界を黙らせた」

 と思えるポーズをとった。

 その時、スタンドから湧いたのは盛大なブーイングだった。長年の夢がかなったガトリンには悪意が向けられ、ロンドン・スタジアムの観客は、

 「ウサイン・ボルト! ウサイン・ボルト!」

 と連呼し始めたのである。

予選、準決勝、決勝とブーイング量は増していった。

 負けたとはいえ、スタジアムの主役はボルトだった。ボルトは、予め定められていたかのようにスタジアムを1周し始め、本当は「ライトニング・ボルト」のポーズを取るはずだったのだろうが、封印せざるを得なかった。

 その間、一瞬だけだったが、ガトリンの周りにカメラマンの姿はひとりとしていなくなり、観客も勝者である彼のことを完全に頭の中から排除したような瞬間があった。

 ガトリンは、トラックの中で孤独だった。

 世界選手権の“王者”だというのに。

 ロンドンのファンは、予選の段階からガトリンに対して手厳しかった。それはちょっと、異様なほどだった。

 ガトリンが紹介されると、観客は盛大なブーイングを浴びせた。その音量はボルテージが上がる準決勝、決勝と大きくなっていった。

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最終更新:8/9(水) 10:31
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