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WWEスーパースターズは東京から名古屋へ――フミ斎藤のプロレス読本#063【WWEマニア・ツアー編エピソード3】

8/9(水) 8:50配信

週刊SPA!

 199X年

 東京から名古屋に向かう新幹線“ひかり109号”は、午前10時31分発。総勢40人を超すWWEのツアー・グループは、時差ボケのような寝不足のような顔でグリーン車に乗り込んできた。

 “WWEマニア・ツアー”の初日となった前日の横浜アリーナ大会の観客動員は、予想を大きく下回った。収容人員1万7000人のアリーナが半分も埋まらなかった。

 “ヒットマン”ブレット・ハートがいる。“マッチョマン”ランディ・サベージがいる。ジ・アンダーテイカーがいる。ヨコヅナもバンバン・ビガロもいる。新幹線のなかがこの空間だけWWEスーパースターズのドレッシングルームになってしまったかのようだった。

 もちろん、だれもリングコスチュームなんて着てないし、“怪奇派”アンダーテイカーはメイクをしていない。車両はほとんど貸し切り状態だから、みんなリラックスしている。

 プロレスラーは永遠の旅行者なのだ。1年じゅう旅をしているから、そこがトーキョーであっても、ロンドンであっても、生活のリズムはいつもいっしょだ。仕事道具一式と生活必需品のすべてをひとつのスーツケースにまとめる術を身につけている。

 ツアー・メンバーは家族のようなもので、ホテルはみんなが住むお屋敷。ちょうどいい距離とバランスを保ちながら、ひとりひとりがそれぞれの旅をつづけていく。

 ほかのレスラーたちからちょっと離れて、ボブ・バックランドが窓側の席にひとりで座っていた。巡業中だというのにスリーピースのスーツにネクタイをして、静かにハードカバーのぶ厚い本を読んでいる。

 体つきもルックスも全盛期とほとんど変わっていない。そして、なによりも変わっていないのは“ボブ・スマイル”として親しまれたあの爽やかな笑顔とポコッと突き出た赤ちゃんのようなお尻だ。

 バックランドは、1978年から1984年まで約7年間、WWEヘビー級王者としてマディソン・スクウェア・ガーデンの帝王の座に君臨した大レスラーだ。ハルク・ホーガンよりもひと世代まえのスーパースターで、日本ではアントニオ猪木、藤波辰爾らと名勝負を演じた。

 チャンピオンベルトを明け渡した翌年、1985年にいちど引退宣言をしたが、1992年に44歳で現役にカムバックした。いまのバックランドは、まんなかあたりのポジションであくまでマイペースで試合ができればそれでいい、と考えているようだ。

 リングから遠ざかっていた何年かは、カーペンターの仕事をしながら地元コネティカット州グラストンブリーの公立中学でレスリングのコーチをしていた。根っからのアスリートで、いつもジムで汗をながしていたから体力的にそれほど衰えることはなかった

 ハードカバーのタイトルは『マーガレット・サッチャー』。サッチャー元イギリス首相の伝記だ。ついこのあいだまで読んでいたのは『コマンダー・イン・チーフ』で、これはルーズベルト元米大統領の評伝。

 ブリーフケースのなかには『10分間でわかる日本語』なんていうペーパーバックも入っている。ツアーに出るたびに本を10冊ずつ読むことを自分自身へのノルマとしているらしい。

 バックランドの暮らしはノルマだらけで、いまでも1日3時間のトレーニングは欠かしたことがないし、食事には神経質なくらい気をつかっていて、レッド・ミートと脂肪分の高いものはいっさい口にしない。

 肉類ならばチキンかツナ。牛乳は大好きだけど、飲むのはローファットかスキムミルクだけ。ビタミンもプロテインもカルシウムも大切だけれど、サプリメントのたぐいは飲まない。

 ナチュラルな野菜をたくさん摂って、よく眠ること。外食――ツアーに出るとこれがいちばんむずかしい――はなるべくしないこと。ハイスクールに通っている16歳の長女キャリーさんのジムナスティックス(器械体操)、水泳、テニスの試合があるときは、仕事を休んでも必ず観にいくこと。

 バックランドは“オール・アメリカン・ファーザー”のお手本。こういう人がひとりいるだけで、ドレッシングルームのムードが決まりいいものになる。

 名古屋での宿泊先にチェックインすると、試合会場への移動バスが出発する午後3時45分まで自由時間になった。ショーン・ウォルトマン――この時代のリングネームは1-2-3キッド――は、ロビーをうろうろしていたボーイズやレフェリーをつかまえては「ジャパニーズ・ランチはラーメン・ヌードルに限る」とアドバイスして歩いた。

 ホテルから2ブロックくらい歩いたところにみつけたラーメン屋に入ると、もう何人かのレスラーたちがカウンター席に陣どっていた。

 いちばん奥の席に座っていたバンバン・ビガロは、みそラーメンと餃子とライスを食べていた。ビガロは――日本語は読めないけれど――ラーメン屋のメニューならなんでも知っているという顔をしていた。

 タタンカ、ファトゥー、ビリー・ガン&バート・ガンのスモーキン・ガンズは、ショーンに教わったとおりチャーシューメンをオーダーした。

 あとから店に入ってきたブレット・ハートとアンダーテイカーは、テーブルについてから、なにを食べようかさんざん迷った。

 スープのバリエーションは“しょうゆ味”“みそ味”“塩味”の3種類だと教えてあげると、ブレットは「ソイ・ソース(しょうゆ)はパスだな。ソルト(塩)もやめとこう。ミソがいい、かな」といいかけてから、ほかのみんながおいしそうに食べているチャーシューを指さして「あれはビーフなの、ポークなの?」とさらなるチェックを入れた。

 「ポークです」とぼくが答えると、ブレットは「ポークか、ポークはあまり食べたくないな……」とまた悩み、しばらく考えてから、みそ野菜ラーメンを注文した。よこにいたアンダーテイカーもブレットと同じものを頼んだ。

 カウンター席を占領したボーイズが、だれからともなく世間話のような調子でビジネスのはなしをはじめた。

「なあ、きょうもハウス(お客さんの入り)はよくないのかなあ」

「よくないだろ」

「どうしてだと思う?」

「ノーTV、ノー・パブリシティーだもん」

「ジャパンに行けば、どのタウンもかんたんにソールドアウトだ、なんていったのはどこのどいつだ?」

 このツアーの主役であるWWE世界ヘビー級王者ブレットは、大きなアリーナをいっぱいにできず、このマニア・ツアーが失敗に終わったとしたら、それは自分の責任なのではないかと感じはじめていた。(つづく)

※文中敬称略

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

日刊SPA!

最終更新:8/9(水) 8:50
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