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【パンチ佐藤が直撃】教壇に立つ元楽天・西谷尚徳 (後編)

8/10(木) 16:05配信

週刊ベースボールONLINE

『ベースボールマガジン』で連載しているプロ野球選手の第2の人生応援プロジェクト「パンチ佐藤の漢の背中」。現役を引退してから別の仕事で頑張っている元プロ野球選手の下をパンチさんが訪ね、お話をうかがってまいります! 今回は講師として教壇に立つ、元楽天の西谷尚徳さんです。

暴走キャプテンvs.まとめ役キャプテン?

 明大時代は1年春のリーグ戦で打率.417(リーグ2位)を記録し、ベストナインを受賞。4年時にはキャプテンを務め、春、秋ともにベストナインに輝いた。同年の日米大学野球でもキャプテンとして活躍。楽天球団初のドラフトで、4巡目指名を受けた。

 明大在学時は、2人部屋の寮生活。しかもキャプテンともなれば、明大名物のトイレ掃除に始まり、息をつく暇もないはず。学生生活を思い起こしたパンチさん、“文武両道”の秘訣から切り込んだ。

◇ ◇ ◇

パンチ しかしこうやって話していてさ、明治の土の匂いがしないよね。なんで明治を選んだの?

西谷 六大学に行きたかったんですが、受けられるのが明治しかなかったんです。捨て身で……人生を賭けて、セレクションに行きました。

パンチ よく明治のキツイ練習と教職の勉強を両立したね。どうやって寮の2人部屋で勉強したの?

西谷 部屋ではあまり勉強していないですよ。練習が午後3時半くらいにいったん切られるので、そこで上がってお風呂、食事を済ませて、5時半から10時まで御茶ノ水の校舎に行っていました。

パンチ 夜勉強をして、朝になったら新鮮な気持ちでスパンと野球に切り替える。それが打席での集中力も生むのかな?

西谷 勉強と野球をぶった切って、違う世界、というふうに割り切ってできれば、言い訳をしなくなりますよね。勉強が大変だとか、野球で疲れているとか、どちらに対しても言い訳をつけられなくなるので。

パンチ 4年生のときはキャプテンまでやったそうだね。自分では言いづらいかもしれないけど、どういう部分で選ばれたんだと思う? ちなみに僕の場合は、暴走キャプテンでね(笑)。本当は監督、阿波野(秀幸=現巨人三軍投手コーチ)をキャプテンにしたかったんだけど、エースで神経を使うから、お前がやれ、と。チームをまとめようとか、そんなことは考えなくていいから、100人の部員の中でユニフォームを一番真っ黒にしておけ。それでチームに活気がないときは、お前をぶっ飛ばす。だけど憎くて殴るわけじゃないからな、と言われてね。

西谷 私は真逆で、「まとめてくれ」という感じでした。

パンチ 大学ジャパンのキャプテンまでやったんでしょ。じゃあ、染みついていたのかな。

西谷 どうなんでしょう……。ただ、大学ジャパンで他の大学のキャプテンたちもまとめるにあたって、ミーティングではかなりしっかりしゃべっていたらしく、「やっぱり違うね」とは言ってもらいました。

パンチ そして、楽天から指名を受けたわけだ。

西谷 はい、もちろんプロという夢を持って野球をしてきましたが、やはり球界再編があったおかげだと思います。

パンチ 楽天球団創設1年目のルーキーだったこと自体、めったにない経験だよね。そのあたりでの思い出はある?

西谷 はじめ、背番号10をいただける予定だったんです。それが“ファンの背番号”に決まったため、6番に変わりました。「あ、6番でいいんですか?」って、それが最初の衝撃でした。あとは、契約というものについて、いろいろ考えさせられたこととか。プレーの面では、ケガが多かったので、それを治すというよりも、どうやってケガと付き合いながら活躍につなげるステップを踏んでいくか、そればかり考えていました。プレーした時間自体が少なかったので、そんな思い出ばかりです。

パンチ プロ野球への夢は、いつごろから持っていたの?

西谷 小学1年に野球を始めたときです。パンチさんにあこがれて……。

パンチ いやいやいや(笑)。本当は誰だったの?

西谷 大島(公一)さんでした(笑)。楽天に入って、じかにキャッチボールをしましたが、一連の動作が流れるようなんです。これはできない、と思いました。

パンチ 僕もやっぱりオリックスの外野陣を見て、もうレギュラーはダメだ、と思った。ピンチヒッターならなんとかやれると思ったけど……。ダッシュするときも、よーいドン!をしてから、みんなグーンとスピードを上げていくんじゃないんだよ。ドンのときにはパッと僕より一歩先に出てる。その差で外野手は捕れるものも捕れないからね。それで西谷君の場合は、なんとか食らいつくためにどんな方向で勝負しようと思ったんですか?

西谷 ダメな部分を洗い出して、それを克服していけなければいけないと思いました。いいものを伸ばそうという発想にはならなかったですね。例えばバントがヘタクソだったんですよ。それで、バントをほぼ極めました。少なくとも、楽天の二軍の中では一番でした。走塁も下手だったので、いろいろな方に聞きに行って、ゼロから学びました。

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