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子育てにおける「お姉さん」と「おばさん」の境界線問題

8/10(木) 7:00配信

文春オンライン

 習い事や近所のお店に子連れでいって、親切にされることがあります。それは同じ習い事をしている顔見知りのママ友であったり、レストランやスーパーでレジに立つ女性だったり、いろんな人がいて社会は成り立っているんだと思うことは多いのです。私も、一向にお迎えが来なくて泣いている女の子がいたら私の息子と一緒に少し待っててあげたり、エスカレーターのない駅の階段で荷物抱えて難儀している女性がいたら声をかけて持ったりしたりすることはあります。当たり前の気遣いというか、できるならやってあげたほうがいいことって世の中にはたくさんあると思うんですよね。

子どもが微妙な年齢の女性の前で「おばさん」と言ってしまう懸案

 ひとつむつかしいのは、店の女性が拙宅山本家の息子たちに何かをくれたとき、どうするかです。もちろん「ありがとう」とその女性に御礼を言うよう子供たちには言い含めてあります。だから、もらって感謝を伝えるというところまではいいんです。

 しかしながら、もらってすぐ私を振り返って「おばさんから、これをもらった」と報告するのはやめてください。目の前にいる女性の顔色がぐんぐん変色していくさまを観察することを強いられる私の気恥ずかしさはマキシマムになります。御礼をいうことまでは気が回っても、微妙な年齢の女性の前で「おばさん」と言ってしまう懸案の課題について教えるのは極めて困難なのです。

 やはり、人間若くみずみずしい存在であり続けたい。だからこそ、メイクに力を入れたり若く見られる服装をしたり活動的な日常を送ったりして、なるだけ健康で若々しい自分であろうとするのです。そういう日ごろの努力を正面から粉砕する「おばさん」呼ばわりをしないことは、穏便かつ平和な現代社会を生き抜くための最低限のコミュ力担保なのですが、子供は悪気なく見た通り話をするから子供なのであって、「若く見られたいと思っているであろう相手に気を遣え」というのはなかなか困難なのです。

後から何を言っても始まらない、北朝鮮のミサイルみたいなもの

 しかも、もうすぐ4歳の末っ子はまだ「おばさん」と「おばあさん」の違いがしっかり分かっていません。博物館で展示物を案内してくださった女性に対して、うっかり末っ子がはっきりとした滑舌で「おばあさん、そこに立ってると前が見えないよ」と悪気のない率直な申し入れをしたとき、案内してくださった女性の顔色がぐんぐん変色していくのは見ていてつらいことです。親として、フォローのしようがありません。恐らく最適解は「聴こえなかったふりをする」ことなのでしょうが、こちらもおそらく顔色が変わっているはずなのです。この気まずさは筆舌に尽くしがたいものがあります。

 幼稚園や習い事で一緒になるママ友の皆さんに対しては、子供に必ず「誰々ちゃんのお母さん」と呼びなさいと指導しています。見た目の年齢で女性に声をかけることのむつかしさは、最近の育児事情もありますが、若くしてご出産されたママもいれば、高齢出産でいろいろしんどそうなママもおられます。呼称問題は非常に非常にデリケートなのです。

 実際には、子供は子供なりに親の年齢を見て理解した通り喋ってしまうことが数多くあります。それは親同士が同席している状況で子供たちから繰り出される「みどりちゃんのお姉さん」と「たくまくんのおばさん」という表現であり、結論としてたくまくんのお母さんは顔色がぐんぐん変色していくことになります。こちらも青くなっていたたまれない表情をするほかないのです。お通夜のようです。もちろん帰ってから「そういうことは言うものではない。ちゃんと『誰々ちゃんママ』とか『誰々ちゃんのお母さん』って言ってあげなさい」とお説教はするわけなんですが、これはもう北朝鮮のミサイルみたいなもので撃ち込んじゃったんだから後から何を言っても始まらないだろうということで、国際的な圧力をかけて北朝鮮を黙らせるのと同じ構造で子供たちに「そういうことを言ってはいけません」と伝えることになるのです。

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最終更新:8/10(木) 9:57
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