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「平尾昌晃」次男&育ての親が語った「10億円」遺産バトル

8/10(木) 20:02配信

SmartFLASH

「僕はずっと、親父のことを『親父』と言えず、『先生』と呼んでいました。親父の仕事ぶりを知れば知るほど、『先生』という思いが強くなりましたね」

 平尾昌晃さんの次男・平尾勇気(36)は、父への複雑な思いを吐露した。7月29日、30日に通夜と葬儀が営まれた昌晃さん(享年79)の法名は、「慈嚴院照音晃道居士」。『瀬戸の花嫁』など多くの大ヒット曲を世に出した。

「楽曲の印税だけで年間2億円は下らない」(音楽関係者)という収入。さらに、都内一等地のスタジオつきビル、数年前に購入したタワーマンションなど複数の不動産を所有。「遺産総額は10億円規模にのぼる」(同前)という。

 昌晃さんは3度結婚し、2度離婚。最初の結婚は1972年。息子をもうけたが、夫人は離婚後、1981年に死去した。

 2度めの結婚は、1978年。兄と勇気が生まれた。妻は離婚後に海外で生活。多忙な昌晃さんに代わり、2人の面倒を見ていた女性がいたが、急逝。

 兄弟は、名古屋にいた「育ての親」となる男女のもとに預けられた。

「一人は名古屋市内でクラブ経営をしながら、事情を抱えた少年少女の面倒を見ていた女性。僕が15歳、兄が17歳で、将来に悩んでいたとき、方向転換させてくれた恩人です」(勇気)

 その後、長い独身生活を送っていた昌晃さん。だが逝去をきっかけに、平尾音楽事務所の取締役を務める森川さん(仮名)と、4年前に3度めの結婚をしていたことが明るみに出た。勇気に結婚をいつ知ったのか聞くと、「それは勘弁してください。まぁ、びっくりというか……」と答えるばかりなのだ。

 法的には、森川氏に遺産の一部が渡る一方、「育ての親」たちは、一銭も受け取れない。だが、新聞には「遺産巡り不協和音」などと見出しが躍る。私財から養育費用を出していた「育ての親」が何も受け取れないことに、兄弟は不満を持っていると報じられた。昌晃さんは、正式な遺言書を遺しているはずだというのだが……。兄弟が「杉ちゃん」と呼び慕う、もう一人の「育ての親」が本誌にコメントを寄せた。

「兄弟の面倒を見てきたのは、昌晃さんの子だからということではなく、2人ともいい子だったからね。正直言えば、言いたいことはいろいろあるが、今は言えない。だが何かあったら、言わないかん時が来ると思う」

 最後に、勇気はこう強調した。

「3度めの母は、親父をずっと看病してくれた。感謝しています。遺産については、今はやめてほしい。まずは、父を送るだけです」
(週刊FLASH 2017年8月15日)

最終更新:8/10(木) 20:02
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