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がん診断後も治療を拒否、引きこもり続けた40代長男の最期

8/10(木) 6:00配信

ダイヤモンド・オンライン

● 病院に運ばれ2日後に死亡 長男はなぜ治療を拒み続けたか?

 長年、引きこもってきた長男が「喉頭がん」のために亡くなった。48歳だった。

 長男が「がん」の診断を受けたのは、昨年11月に亡くなる9ヵ月前のことだ。しかし、両親にも病名や余命のことを伝えようとせず、その後は一切の診療も治療も拒み続けた。

 食事はまったく喉を通らない状態が続き、水だけで痩せ細っていくなか、看護師が自宅に入院を勧めに来ても、頑として動かなかった。

 しかし、喘ぎ苦しむ声を聞いた次男が心配して救急車を呼んだ。隊員は説得したものの、中からカギをかけで出て来なかった。「中から声が聞こえなくなったら救急車を呼んで」というのが、本人の意思だった。

 ある日母親は、部屋のカギが開いていることに気づいた。本人は、ほとんど声が出ない状態だった。長男は病院に運ばれた2日後、亡くなった。
 
 そんな長男の最期の話を明かすのは、KHJ全国ひきこもり家族会連合会の「KHJ岡山きびの会」会長で、「NPO法人津山・きびの会」理事長の川島〓三さん(〓の字は火へんに亥)。

 「救急車に乗せたとき、後ろ目で私の顔をじっと見るんです。“それでいいのか?”と。そのときが眼が生きていた最後でした」

 これまでも筆者は、同じように絶望の中で生きる意志を持てなくなっている引きこもり当事者たちに何人も会い、話を聞いてきた。今回は父親から見た息子像ではあるものの、川島さんの長男もまた、いずれの支援にも反応することなく引きこもり続けてきた。

 「引きこもりというのは、欲望の肥大化を否定する積極的な行為ではないか」
 
 以前から川島さんは、感じるままをそう打ち明けていたものの、周囲はなかなか理解してくれなかったという。

 長男がまもなく40歳になろうというとき、国は「ニート」という用語をつくり、対策を始めた。しかし、なぜ対象者に39歳までという年齢制限を設けるのか、川島さんは理解に苦しんだ。

 「39歳を超えても働こうとしない人は、障害者かホームレスとして判断するという暗黙の押し付けがあるのではないか」

 引きこもり当事者と同じ目線にどうしたら立てるのかという思考が欠如していると、川島さんはいう。

 「我が家の長男の目線はどこにあるのか?」「対話ができない状況はどうして生まれたのか?」「親の教育が悪かったと言えば、それで済むのか?」
 
 川島さんは、どんな人でも社会全体で支え合うシステムができなければ、人類の未来はない、と考えるようになった。

 もともと長男は都会で仕事をしていた。その後郷里に帰り、ホテルでフロントマンを2年ほど務めた。ホテルを辞めた後、「自分の運命だ」と言って清掃会社に勤めた。しかし、熱心に通っていたのは最初の2ヵ月ほど。そのうち気が進まなくなったようで、完全な「引きこもり」状態になった。

● 息子の情況を病院に聞いても 「個人情報だから」の一点張り

 川島さんは言う。

 「長男はいつも時間的な設定を考え約束をするが、守られたことはない。何かを待っているようにも思われるが、その正体は定かではない」

 長男は喉頭がんに侵されていると診断されているのに、頑として診察を拒み、治療を受けようとはしなかった。こうした状況への周囲の対処は、医療の面から考えてどうすればいいのか。親として心配でも、病院に問い合わせると「本人が同伴しなければ『個人情報』のため、お話しできない」と言われた。(親に打ち明けようとしない)息子の目線を、どのように理解したらいいのか。

 様々な事実を並べると、それなりの推測はできる。しかし、それは推理であって、本当の息子の目線であるかどうかがわからない。

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