ここから本文です

【書評】歌舞伎の裏方のイロハから学んだ研究者の論述

8/11(金) 7:00配信

NEWS ポストセブン

【書評】『ちゃぶ台返しの歌舞伎入門』/矢内賢二・著/新潮選書/1200円+税

【評者】池内紀(ドイツ文学者・エッセイスト)

 先年世を去った十二代團十郎から聞いたことがある。幼いころ目玉焼きが大好きで、いつも一番最後にとっておいたが、そのうち一番最初に食べることにした。ある朝、父がやにわにちゃぶ台をデングリ返したからだ。

 父・十一代團十郎は海老蔵のころから、「花の海老さま」とうたわれた花形役者だった。その人が朝のちゃぶ台をすっとばすなど、何にイラ立っていたのだろう? 昭和三十年代、歌舞伎人気が底をついたころで、歌舞伎座にはカンコ鳥が鳴いていた。屋台骨を支える身として、ままならぬ世相に、カンシャクが起きたのか。大名跡を継いで三年後に死去。

 矢内賢二は四十代半ばの若手芸能研究者である。不人気の名ごりをとどめたガラガラの歌舞伎座三階席で開眼。ファンにとどまらず、国立劇場に就職して、裏方のイロハを学ぶことから始めたあたりが並の学者ではない。

 このところの歌舞伎大人気はめでたいかぎりだが、もともと役者の鍛練された「体」があって成り立つ芝居なのだ。その母胎が近年、長老組のほかに、團十郎、勘三郎、三津五郎をはじめとして、まさにこれからの世代があいついで急逝した。商業演劇にコマ不足が囁かれては先が思いやられる。

 かつて歌舞伎が危機的状況にあったとき、当時の若手研究者郡司正勝が警鐘をこめて、『かぶき入門』を著した。いまお決まりの手引き書に「ちゃぶ台返し」をするような入門書があらわれた。

 力のこもった論述がつづく。ワケ知りの見巧者の眼ではなく、ふつうの人がいぶかしく思ったり、目を丸くしたりするシーンが切り口にしてあって、いちいち納得がいく。歌舞伎の見得とマンガ表現の共通性などハッとする見方である。

「だんまり」の場で、空中遊泳のような動きのあと、全員が前の人の腰に手をのべて一列になり、足並みをそろえて奇妙なステップを踏む。私はかねがね、この「謎の動き」の意味を教えてほしいと願っていた。望みがかなって、ことのほか御満悦である。

※週刊ポスト2017年8月18・25日号