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没後50年、山本周五郎の頑固一徹 「樅ノ木は残った」出演の香川京子が語る思い出〈dot.〉

8/13(日) 16:00配信

AERA dot.

 山本周五郎は1967(昭和42)年2月14日、63歳で亡くなった。

 今年はその没後50年に当たり、生誕の地山梨県や居住した神奈川県の文学館で「没後50年 山本周五郎展」が催されるほか、テレビでは周五郎原作の旧作ドラマが放映されている。

 山本周五郎の筆名は、「日本婦道記」が1943(昭和18)年の第17回直木賞に選ばれたことで知られはじめた。しかし彼は自ら受賞を辞退、主催者である文壇の大御所菊池寛を激怒させたことでより広くその名が知られるようになった。
「読者から寄せられた好評以外に、いかなる文学賞のありえようはずがない」という信念に基づく辞退だったが、周五郎の頑固一徹ぶりは世間を驚かせた。

 更に周五郎は、「樅ノ木は残った」の毎日出版文化賞(版元の講談社だけの受賞となる)、「青べか物語」の文藝春秋読者賞も固辞し、その信念を生涯貫いた。

 彼はその心境の一端をご子息の清水徹氏に次のように語っている。
「魚屋が、魚をいっぱい売ったからって、同業者を呼んでパーティーをするか? 本が売れるということはそれだけ普通の人が買ってくれる訳で、それが賞なんだよ」

 余談だが、周五郎は総理大臣と天皇陛下が主催する園遊会の招待にも応じないばかりか、ひたすら書くことが供養だとして親類縁者、友人知人の葬儀にも一切顔を出さなかったという。

 1970(昭和45)年、前年の「天と地と」で視聴率低迷の危機を乗り切った大河ドラマの第八作目は、そんな周五郎原作の「樅ノ木は残った」だった。

 同作は1954(昭和29)年7月20日から断続的に「日本経済新聞」に連載され、書き下ろしを加えて完結した歴史小説。江戸時代前期の1617年、寛文年間に仙台藩で起きた「伊達騒動」をテーマにしている。逆臣の汚名を着て幕府の大名家取り潰しから一命を賭して伊達62万石を守った家老・原田甲斐の苦悩と、孤独の中に信念を貫く甲斐の人物造形が深い傑作時代劇小説と評価が高い一篇だ。

 大河ドラマでは当初、市川雷蔵を原田甲斐に当てる予定だったが、肺癌で死去(1969年7月)したため、平幹二朗が起用された(平はその後、亡くなるまでの38年間で6作もの大河に出演している)。

 その主人公・原田甲斐の侍女おくみを演じた香川京子さんは当時のことを次のように回想している。

「演出の吉田直哉さんとは仕事を通して以前から存じ上げていたので気持ちを楽にして入っていくことができました。おくみは原田甲斐の正妻ではなく、身の回りの世話する侍女という立場の女性ですが後に子供も産んでいるので愛人でもありました。私は第一回の『花の生涯』にも井伊直弼の側室の役で出ています。大河で二回同じようなタイプの役を演じて、あの時代の女性は周囲の事情に従って生きていかなければならなかったのだと思った記憶があります」

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最終更新:8/13(日) 16:13
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