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緻密な残虐と圧巻の陶酔――14ページにわたる〈死の接吻〉 坂本眞一『イノサンRouge』<マンガ停留所>

8/11(金) 6:01配信

幻冬舎plus

中条 省平

 日本には山田浅右衛門という名で将軍に仕えた代々の首斬り役人がいて、徳川時代から明治維新にかけての激動期を生きましたが、フランスにもブルボン王朝のもとで斬首刑を担当したサンソンという家系があり、代々のサンソンもまた絶対王政からフランス革命に至る動乱の時代を生きぬきました。

 安達正勝の『死刑執行人サンソン』は、この首斬り役人、サンソン家の歴史を追った名著で、坂本眞一のマンガ『イノサン』は、この本を原典にしています。

 ただし、『イノサン』は『死刑執行人サンソン』に基づいてはいるものの、自由に想像力の翼を広げて、歴史再構成のゲームに挑んでいます。エロスと血しぶきがあふれる、ケレン味たっぷりの一大伝奇ロマンです。

 『イノサン』は全9巻でいちおう終わり、現在は『イノサンRouge』とタイトルを変えて第5巻まで出ていますが、両者は完全に連続した物語で、ルイ15世と16世に仕えたサンソン家4代目のシャルルを主人公にしています。

 『イノサン』は18世紀ロココ時代のフランスを舞台に展開しますが、『イノサン ルージュ』では、はっきりとフランス大革命を首斬り役人サンソンの視点から描きだすことに焦点を絞り、まさに「裏ベルサイユのばら」というべき物語をくり広げています。その歴史解釈はまるで山田風太郎の歴史小説のように奇想天外、荒唐無稽で、すばらしく面白いとしかいいようのない仕上がりです。

 しかし、『イノサン』の最大の特色は、その耽美で残虐な物語を描きあげる異様に緻密なタッチにあります。その超絶的な描きこみについて、読者それぞれの好き嫌いは当然あるでしょうが、驚かされること請けあいです。

 例えば、最新刊の第5巻でいえば、ベルサイユ宮殿でルイ16世とシャルル・サンソンが対峙し、理想主義者のルイは残酷な斬首刑の廃止を説き、一方のシャルルは死神のごとき口づけでこれに応えるのですが、その死の接吻の場面が、14ページにわたって、薔薇の花の陶酔と棘から滴りおちる血、骸骨や臓物のイメージで細密に飾られるのです。

 しかも、隣室では、ルイとシャルルの接吻と完全な相似形を作りながら、シャルルの妹でやはり死刑執行人のマリーと、ルイ16世暗殺のために宮殿に忍びこんだ刺客ジャックとの死闘が描かれるという凝りようです。

 さらに、作中に現代の風景を挿入してマリーに小気味よいフェミニズムの主張を語らせたり、マリー・アントワネットのスキャンダル「首飾り事件」をTVのワイドショーのようにテロップつきで映しだしたり、ちょっとやりすぎと思えるようなトンデモ演出を施すなど、余裕綽々の遊び心が全開です。

 ラストではロベスピエールの名もちらついていますから、当然、「恐怖の大天使」と異名をとる美青年サン・ジュストの登場も遠くないだろうと期待はふくらむ一方なのです。

 *『イノサンRouge』は第6巻が8月18日に発売予定です。


■中条 省平
1954年神奈川県生まれ。学習院大学フランス語圏文化学科教授。東大大学院博士課程修了。パリ大学文学博士。著書『中条省平は二度死ぬ! 』『文章読本』など。翻訳書最新刊はロブ=グリエ『消しゴム』。

最終更新:8/11(金) 6:01
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