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杉谷拳士が振り返る、帝京vs智辯和歌山「たった1球の敗戦投手」

8/11(金) 8:00配信

webスポルティーバ

 100年以上の歴史を誇る夏の甲子園で、名勝負と呼ばれるものはたくさんある。「甲子園史上最も壮絶な試合」と言われる2006年の帝京(東京)対智辯和歌山(和歌山)もそのひとつだ。最終回、もつれにもつれた強豪校同士の一戦のカギを握っていたのは帝京の1年生ショートだった。

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 現在、北海道日本ハムファイターズで活躍する杉谷拳士は『敗北を力に! 甲子園の敗者たち』(岩波ジュニア新書)で2006年夏の戦いについて詳しく回想している。逆転打を放ちながら、たった1球で敗戦投手になった15歳は、あのとき、何を思ったのか?


◆初めての夏なのに「ラストチャンス」の重圧

――実力のある選手が揃う帝京で、杉谷選手は入学後すぐに抜擢され、1年生ながらショートで起用されました。

杉谷 すごい選手がいるなかで、「どうして僕が?」と自分でも思っていました。おそらく、技術うんぬんではなく、気持ちの部分を評価してもらったのでしょう。もちろん、僕よりうまい選手はたくさんいました。それでも僕を使ってくれたことに感謝しています。「2年かけて育ててやろう」という前田三夫監督の期待も感じました。僕の取り柄は勝ち気なところ。結果を恐れることなく果敢に攻めることだと思っていました。

――しかし、勝ち気とはいえ、3年生にとっては最後の夏。すごいプレッシャーだったでしょうね。

杉谷 帝京はそれまでの4シーズン、甲子園から遠ざかっていました。そのときの三年生は、下級生のころからレギュラーで活躍していた人が多くて、「今度がラストチャンスだぞ」という言葉がミーティングではいつも飛び交っていて、ものすごいプレッシャーを感じました。僕にとっては最初の夏なのに、「ラストチャンスだからな」と言われて。夏の東東京大会で背番号6を与えられましたが、正直、背中が重かった。あの夏は、本当に重たい経験をしました。

――そんなプレッシャーのなか東東京を勝ち抜いて出場した2006年夏の甲子園で、帝京は優勝候補に挙げられていました。

杉谷 選手も監督も「今年は全国優勝できる」と思っていました。実際に新聞やテレ
ビでの報道も、僕たちを評価するものが多かった。もしかしたら、監督には「3年計
画の最後の仕上げ」という意識があったのかもしれません。

――1回戦は如水館(広島)に10対2で圧勝したものの、2回戦の福岡大城東(福岡)には接戦の末、5対4でからくも勝利しましたね。

杉谷 あの試合中、前田監督は怒鳴りまくっていました。試合後も怒りが収まりません。そのあとの練習中もずっと厳しい言葉をかけられるので「クソーッ」と思いながらプレーしていました。3年生に対してはそうではありませんでしたが、2年生で4番を打っていた中村晃さん(現福岡ソフトバンクホークス)とピッチャーの大田阿斗里さん(元横浜DeNAベイスターズほか)や僕には厳しくて……甲子園でも怒られてばかりだったという記憶があります。前田監督が怒るのは、僕たちが消極的なプレーをしたとき。ミスをしてはいけない場面で下がったりするとものすごく怒られました。いつも監督に背中を押されていたので、甲子園に出てもビビることはありませんでした。

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