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アップルとゲーム機開発で大炎上! 260億円の巨額損失も、命拾いしたバンダイ社長

8/11(金) 12:20配信

NIKKEI STYLE

■バンダイの川口勝社長(56)は1994年に着任した福岡営業所の廃止を機に、社運を懸けた新規事業に参画することになった。

 ※バンダイ川口勝社長の「私の課長時代」前編。後編「人事評価「最低」より下、なぜバンダイ社長に? たまごっちニセ物たたきに奔走」は記事下の【関連記事】からお読みいただけます

 福岡営業所は九州・沖縄を担当します。33歳の若輩者でも現地ではバンダイの代表。居心地が良かったですね。しかし、突然、地方拠点の統廃合が始まり、福岡営業所は廃止に。たった1年の所長でした。

■異動先は精鋭が集まる新規事業だった。

 米アップルコンピュータ(現アップル)と共同開発するマルチメディア機「ピピンアットマーク」のプロジェクトチームに配属されました。「マッキントッシュ互換のインターネットマシンを売れ」と言われ、困惑しました。翌年の発売を控え、行き場を失った私に白羽の矢が立ったのでしょう。役職は課長でした。

 想定販路は家電量販店なので、玩具営業の経験は役に立たず、しかも、家電業界の商慣習に反し、リベートを一切払わないという異例の条件です。リベートを出せなかったわけですが、アップルのブランド力を背景に強気の交渉でした。

 量販店が在庫を値引き販売しないように、新しい手法を考えました。当社が倉庫で在庫を一括管理し、量販店には発注書だけを配る。購入客が当社に郵送した発注書の数に応じて、手数料を払うという仕組みです。その名も「デジタル・ディストリビュート・システム」。名付け親はアップルの窓口だった原田泳幸さん(元ベネッセホールディングス会長兼社長)でした。

 ピピンは注目の的でした。発売前のモニターには、10万人の応募が殺到。早くも売れたような錯覚に陥りました。当時は私なりに頑張ったつもりでした。しかし、今振り返れば、何もできていませんでした。

■ピピンは1年で撤退。大失敗に終わる。

 発売初日に「まずい」と直感しました。店頭では発注書に手を伸ばす人が明らかに少ない。税別6万4800円の価格が敬遠されたのでしょう。事態を知った経営陣から「どうなっている」と詰められ、言葉を失いました。損失額は累計で約260億円。経営破綻の可能性も考えました。

 もう会社には残れないと覚悟しました。しかし、山科誠社長(当時)は一人も辞めさせず、事業部に戻しました。それどころか、会社を潰しかける大失敗をした私が今、社長を務めています。当社の企業風土である「チャレンジ精神」と「敗者復活」が口先だけではないという証しです。

<あのころ>
 かつてはNECや松下電器産業(現パナソニック)も挑戦したゲーム機市場。1994年にはソニーの「プレイステーション」とセガ・エンタープライゼスの「セガサターン」が登場し、任天堂の牙城が崩れ始めた。90年代にはテレビゲームが娯楽の花形産業に育っていった。
 ※後編「人事評価「最低」より下、なぜバンダイ社長に? たまごっちニセ物たたきに奔走」は記事下の【関連記事】からお読みいただけます
[日本経済新聞朝刊2017年6月6日付の記事を一部再構成]

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最終更新:8/11(金) 12:20
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