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「実に実に実に不快だった」その日の三島由紀夫 話題の未公開インタビューを読む

8/11(金) 15:00配信

現代ビジネス

発見された晩年の肉声

 「ちょうどけさ六時に『暁の寺』が完成したんですよ。第三巻がやっと完成した。」――三島由紀夫(『告白 三島由紀夫未公開インタビュー』p.7)

 三島由紀夫の晩年の肉声の記録としては、文芸批評家の古林尚による、自決1週間前(1970年11月18日)のインタヴューが有名である(『三島由紀夫 最後の言葉』新潮社)。自衛隊市ヶ谷駐屯地での最後の「行動」を目前に控えた時期だけに、三島の文学、思想を理解する上でも非常に価値が高い。

 古林は、元々三島文学に批判的だったらしく、三島もそれを意識してか、幾分構えつつ、慎重に言葉を選びながら自らの小説家としての歩みを総括するような話をしている。

 今回TBSで発見されたインタヴューは、それに対して、1970年2月19日収録と、死までまだ9ヵ月ほどを残しており、またインタヴュアーのジョン・ベスターが、短篇「海と夕焼」と本書併録のエッセイ『太陽と鉄』の翻訳者だっただけに、一定の共感を前提としたリラックスした口調になっている。

 丁度、「豊饒の海」第三巻を脱稿した当日らしく、そこはかとない疲労も感じられる。因みに「小説とは何か」というエッセイの中では、この『暁の寺』脱稿時の心境として、「実に実に実に不快だった」という言葉が遺されている。

三島の憂国論が抱えていた矛盾

 インタヴュアーとしてのベスターは、控え目だが率直で、外国人らしく、三島が〝現代日本〟について語る度に――演劇の堕落であれ、社会の堕落であれ、あるいは偽善についてであれ――、「それは何も日本だけのことじゃないでしょう。」と疑問を呈している。

 三島の40代の憂国論は、基本的に戦後日本社会の全否定で、その意味では、昨今の国粋主義的な「日本スゴい!」とは凡そ対極的だが、それにしても、三島が非難した社会の頽落は、必ずしも戦後日本に特異な現象ではなかった。

 それは、近代の問題であり、資本主義の問題であり、大衆消費社会の問題、そして民主主義の問題だった。なるほど、それらは〝普遍的〟、或いは少なくとも西洋的であったからこそ、日本文化の固有性を「むしばんで」いったというのが、三島の主張だとも言えようが。

 三島の批判は、それが具体的である時には、しばしば唸るほどに冴えている。歌舞伎の批判は、ここだけでなく方々で見られるが、それ自体は、見巧者として、或いは劇作家としての実感のこもった、説得力のあるものである。

 日本語についても、「漢文学の教養がだんだん衰えて」きて、「文体が非常に弱く」なったというのは、その通りだろう。

 しかし、そこから「文化防衛論」に顕著な天皇中心の日本論に飛躍した途端、人は困惑せざるを得なくなる。

 何も、左右の対立の話をしているのではない。もっと遥かに単純に、例えば、三島の小説は、欧米文学の多大な影響下にあったし、彼の日本語が「西洋的な思想構造」に学び、「言葉の使い方とかなんとかが西洋的」であるのは明らかだった。

 それは決して、「文化的天皇」が象徴する日本文化の「連続性」、「再帰性」には収まりきれないものであり、文化の「全体性」という彼の主張するもう一つの特徴も、外国文化に開かれている、などという意味では決してなかった。有名な三島邸にしても、コロニアル様式であり、庭にはアポロン像が建っている。

 そういう矛盾を、彼の哄笑に紛らされることなく、真顔で問い質し、彼の反動的なナショナリズムを中和する質問者が、早い段階でもっといても良かったのではないかと、私はいつもながらのことを考えさせられた。

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最終更新:8/11(金) 15:00
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