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「シーマ現象」なる言葉まで誕生したニッポンの名車「初代日産シーマ」

8/12(土) 18:00配信

WEB CARTOP

デザインのモチーフはなんと鎌倉大仏

 BMW3シリーズ、ベンツ190などがバブル期の輸入車勢ヒットモデルだとしたら、日本車を代表する1台だったのがシーマだ。ただ、テイスト自体は洗練されたものではなくて、逆にやんちゃな感じが人気の秘密だったし、建設会社の社長あたりが、リヤウインドウのところにヘルメット乗せて、尻を下げながらフル加速、なんていう風景がよく見られたのである。ちなみにお値段は、400万円弱から500万円ぐらいと、今からしても結構なものだった。

初代から5代目まで日産シーマ画像ギャラリー

 いずれにしてもシーマ現象とまで呼ばれ、街のあちこちで見かけた大ヒット作なのだが、そもそもは87年に登場した3ナンバー専用ボディのクラウンに対抗するため、急ごしらえで仕立てられたものだった。当時開発中だったY31型のセドリック/グロリアのシャーシに、専用デザインの3ナンバーボディを架装。セドリック/グロリアのさらなる上級車という位置付けでバブル真っ只中の88年にデビューした。

 3ナンバーシャシーを専用開発する余裕がなく、Y31型をベースにせざるを得なかったのだが、あまりに急だったため、当初はセドリック/グロリアと同時発売を予定していたが、間に合わずに半年遅れで登場。それゆえ、セドグロとの差別化が図られたのも、ヒットした理由のひとつとされている。ちなみに正式な車名は、セドリック・シーマ/グロリア・シーマで、リヤのバッヂもそのようになっている。

 デザインは今見ても色あせない。つるりと丸みを帯びた純和風デザインは、なんと鎌倉大仏(!)をモチーフにしたもの。ちなみに、まったく違う和のものを元にするのは、バブル期の常套手段でもあった(トヨタ・セルシオは仁王像をモチーフ)。さらに当時の流行だったピラーレスハードトップ(センターピラーがなくスタイル重視)というのも、シーマらしさを演出したが、こちらもバブル期のサルーンが よく用いた定番スタイルだ。

 エンジンは当時としては特筆モノの255馬力を発揮する3リッターのV6ターボ(200馬力のNAもあり)で、しかもターボには当時の驚愕技術だった、日産自慢のセラミックターボを採用。足まわりは電子制御のエアサスを用意。ただ、シーマ名物のフル加速時での尻下がりは、リヤサスに採用したセミトレ式のせいだった。

近藤暁史

最終更新:8/12(土) 18:00
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