ここから本文です

松井大輔のポーランド2部移籍。「先の見えない場所に身を置きたい」

8/12(土) 17:40配信

webスポルティーバ

松井大輔が語る移籍の真実【前編】

 8月2日、ジュビロ磐田のオフィシャルホームページで、松井大輔がポーランド2部リーグのオドラ・オポーレへ完全移籍することが発表された。

【写真】豊田陽平もポーランドに誘われていた

 あまりにも唐突なその発表に、驚きを覚えたファンも少なくなかったはずだ。2014年からジュビロでプレーする松井は、現在36歳。自分の未来をこれから切り開かなければならない10代や20代の選手ならまだしも、残された現役生活が決して長くないベテラン選手が、あえてヨーロッパで再挑戦する目的は一体何なのか。

 ポーランドに旅立つ前日、松井はジュビロでプレーした3年半での葛藤を振り返りながら、その真相を語ってくれた。

***

──ジュビロでプレーしたのは2014年からの3年半。ひとつのチームでプレーするという点では決して長くないと思いますが、スタンドには22番のユニフォームを着ているサポーターや、広島戦(8月5日)後の別れの挨拶で涙を流してくれるサポーターも多かったようです。あらためて、ジュビロで過ごした時間をどのように感じていますか?

「ジュビロのサポーターには本当に感謝していますし、ありがとうという言葉しかないですね。いつも温かく接してくれて、勝てない時も熱い声援を送り続けてくれた。あのサポーターの姿を見て、ジュビロというクラブが本当に地域密着の素晴らしいクラブなんだと実感できました。それだけに、自分としてはジュビロがJ2の時に入団して、1年でJ1に昇格させられなくて、本当に申し訳ないという気持ちでいっぱいです。途中からは試合もあまり出られなかったし、ゴールもたくさん決められなかったですしね」

──1年目の2014年シーズンは、キャプテンマークを巻いて開幕を迎えましたね。

「僕としては、1年でJ1昇格ということだけを思い描いてプレーしていたんですけど、うまくいかないのが人生というか。だんだん試合に出られないことが増えて、その状況が続いてしまった。もちろん、僕のチーム内における立場としては、チームをまとめてプレー以外のところでも頑張らなければいけない。今振り返ってみると、それまでの自分とは役割が変わっていたので、それがすごく難しかったです」

──試合に出られなくなった要因を、どう捉えていますか?

「まずは自分自身のコンディションの問題でしょうね。日本に帰ってきた時は32歳。本来ならサッカー選手としては脂が乗っている時期ですが、僕の場合は30歳から31歳くらいに1シーズンほど試合に出られなかったり、ケガでシーズンを棒に振ったり、とにかく試練が多くて、フィジカルの低下が人よりも早かったのかもしれない。常に90分試合に出ている選手とはそこが違っていたので、身体のキレも含めて、トップフォームを維持する感覚をなかなか思い出せなかったのもありました」

──昨年からシーズン開幕前にカズ(横浜FC)のグアム自主トレに参加するようになったのは、そういった危機感が芽生えたからですか?

「はい。またイチから自分の身体を作り直したかったし、50歳になっても現役を続けているカズさんからいろいろな話を聞きたかった。おかげで、去年も今年も大きなケガもなくやれているし、調子もすごくいい。まだ2回の参加ですが、自分の中ではカズさんから学んだことがすごく大きいと感じてます」

──ただ、調子のよさと反比例するかのように出場機会が減っている事実もあった。そこに葛藤があったんじゃないですか?

「自分で調子がいいことは分かっていたし、なかなか試合に出られないという現実も頭では理解できていました。でも、やっぱり調子がいい時に試合に出られないのは、選手としては歯がゆい。もちろんプロの世界だから、自分が試合に出た時に結果を出せなかったのは反省すべき点だと思ってます。もうこの年齢だし、出た時に何かを見せつけないと試合で使ってもらえないということは分かっていましたからね」

1/2ページ

記事提供社からのご案内(外部サイト)

Sportiva

集英社

Sportivaムック
4月13日発売

定価 本体1,472円+税

フィギュア特集
『羽生結弦 平昌への道』
■ヘルシンキの激闘
■宇野昌磨、本田真凜ほか