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窪田正孝『東京喰種』は世界を痛烈に風刺する “社会派映画”としての側面を読む

8/13(日) 12:00配信

リアルサウンド

 『HUNTER×HUNTER』ではヒソカが一番好き、the cabsの大ファン……。作者の趣味趣向から作品を判断するのはあまり上品とは言えないものの、石田スイのそうした嗜好を加味すると、『東京喰種 トーキョーグール』は際限なく深読みができてしまう作品だ。ちょっとした場面のひとつやセリフの言い回しにまで、石田のこだわり、ニヒリズムが蔓延しているような気がしてならない。

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 本作のコンセプトは「ダークファンタジー」とされているが、個人的には、痛烈な風刺をきかせた“社会派漫画”だと思っている。誰もが一度は考えるような社会に対する不満や苛立ちを、登場人物が代弁することで生まれる共感。そして、石田の圧倒的なカリスマ性からくる求心力。これらによって、ファンは『東京喰種』沼にズブズブとハマっていってしまうのだ。

 漫画原作が実写化される時はいつも身構えてしまう。実際に作品を観て、赫子(かぐね)を使ったバトルシーンではCGに違和感しかなかったし、真戸呉緒(大泉洋)の白髪姿にも全然リアリティが感じられなかった。ほかにも、ツッコミを入れたくなる箇所が多かったのは確かだ。しかし、それでも実写化作品としては概ね成功していたように思う。というのも、社会のあり方を真っ向から問うような原作の世界観が、実写版でも何よりリアルに再現されていたからだ。

 前半部分では、普段の食事ではあまり意識することのない食卓の裏側、「命を食べること」が生々しく描きだされる。金木がパスタやハンバーグを食べるシーン、リゼが金木に噛み付くシーンなど、“食”にまつわる場面では必ず口元がアップで映し出され、大きな咀嚼音が響き渡る。喰種が人肉を食べるシーンがおぞましく感じられるのは当然だが、湯気を立てるハンバーグでさえあまり美味しそうに見えないというか、“材料になった動物の命”を強く意識させられて、あまりいい気分にならなかった。

 こうした食事シーンの“グロさ”は、二次元作品では薄まりがちだ。アニメ2期EDとなったamazarashi「季節は次々死んでいく」のMV(リゼに似た女性がひたすら肉を食べ、ワインを飲むといった内容)と同様、実写だからこそ、思わず目を背けたくなるような“グロさ”が表現できていたのだろう。

 後半からは、人間(CCG)と喰種の争いを通じて、「善悪や正義とは何か」という疑問が浮かび上がった。喰種から見れば、人間が牛や豚を殺すように、自分たちも生きるために人間を殺すのは当然の摂理だ。しかし、人間からすれば、そんな喰種は殺人鬼も同然で、駆逐すべき対象となる。どちらの言い分も正しいといえば正しい。「戦争は正義と悪の戦いではなく、正義と正義の戦いだ」という言葉を思い出す。『東京喰種』では、人間と喰種がまさにそれぞれの正義をかけて争っているのだ。

 「この世界では我々こそが正義で、我々こそが倫理」、「この世界は間違ってる、歪めてるのは貴様ら(喰種)だ」と主張する人間。それに対して、「生きたいって思って何が悪い」、「あなた方が正しいとも僕には思えない」と反論する喰種。「なぜ世界から戦争がなくならないか」という問題について、作者がキャラクターを通して論じているように思えてならなかった。ただ世界平和を唱えるだけでは、この世から争いはなくならない。

 実写映画で描かれたのは原作の途中までではあったが、変に続編を匂わせる終わり方でもなく、ひとつの作品として綺麗にまとまっていたように思う。しかし、それでも鑑賞後はなんだか後味が悪く、足取りも重くなった。それは、作中では問題提起のみがなされ、答えの出し方は鑑賞者それぞれに委ねられていたからだ。その点、実写版『東京喰種』も、見事なまでに“社会派映画”だったと言えるだろう。

 もちろん、原作も未完結だから、作者が出した答えもわからない。もしかしたら、納得のいく答えなんて存在しないのかもしれない……。そう思うと、ただただ無力感に苛まれるのだった。

まにょ

最終更新:8/13(日) 12:00
リアルサウンド