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「ラディカルな小学生」が「ドラえもん」から学んだこと――哲学者・千葉雅也インタビュー #1

8/14(月) 7:00配信

文春オンライン

注目の哲学者に聞く「哲学の時代」シリーズ4回目は、立命館大学准教授の千葉雅也さん。4月に刊行された『勉強の哲学 来たるべきバカのために』では勉強に対する心構えや勉強の原理論が語られ、「東大・京大で一番読まれている本」にもなった。そんな千葉さんの哲学者としての原点には、幼少期から持っている、ある“欲望”があったという。

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美術から美術批評、そして哲学へ

――『勉強の哲学 来たるべきバカのために』(文藝春秋)でも語られていましたが、もともとは美術にご興味があったそうですね。どんなお子さんだったのでしょうか。

千葉 両親がともに美術系の学校だったので、その影響で、遊ぶといったら、もっぱら絵を描いたり、紙で何か作ったり、そんな子どもでしたね。それから、物の名前を覚えるのが得意でした。深海魚の学名とか、よく覚えていました。美術的・視覚的にうまく形を作るというのと、あれこれ暗記するというのが、小さい頃からの能力の二つの柱ですね。

――哲学や思想との出会いは?

千葉 高校生の時です。美術作品を作ることから、美術批評の方に関心が向かうのですが、その過程で興味を持ち始めました。高校の時の美術の先生が面白い方で、ミニマル・アートっぽい作品を作るアーティストでもありました。彼が、いろいろと批評的な文章を読むように仕向けてくれたことも大きかったと思います。松岡正剛の雑誌『遊』や浅田彰などの存在を知ったのも、その頃です。毎年、夏に栃木県立美術館の企画展を観に行くという宿題が出てレポートを書かされるのですが、僕の高校一年の最初のレポートを、本の形にして提出しました。

――いきなり大作を。

千葉 そこには批評だけでなく、現代美術的なドローイングや、詩なども入っていました。それらを組み合わせたアートブックみたいなものです。それから、読書感想文の課題では、稲垣足穂について書いて、それを褒められたのも大きかった。そんなふうに、美術から美術批評を経由して「批評するとはどういうことか」という問題に関心が向かって行きました。価値評価とは何か。そもそも第三者が他人の作品について何かを言う権利はあるのか。そうした問題に導かれて、哲学や思想に踏み込んでいきました。

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最終更新:8/21(月) 12:54
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