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55年前のヨット単独航海「太平洋横断ひとりぼっち」#2

8/14(月) 11:00配信

文春オンライン

(#1から続く)

いつも自分と話をしている

〈5月29日(火)=第18日

 午前4時、風が少し落ちた。シー・アンカーをあげる。しかし、その重さいうたら、しんどいかぎりだ。「これをあげ終ったら、グリコ・コーラを1本飲ませたるさかいにな」と、自分にいいきかせる。

 セーリングにうつった。だが、すぐに天候はぶりかえす。嵐のつづきだ。

 27日からの疲労がたまって、からだを動かすのがきつい。〉

 ひとりぽっち。でも、いつも自分と話をしている。一人のぼくはグータラで、甲斐性なしだ。もう一人は人使いが荒いけれど、シッカリしている。

「仕事しイや」

「しんどいねん。ちょっと休ませて」

「あかん、あかん。仕事が先や」

「インゴーやなア」

「なんでもええ。はよ、し。すんだら、飯食わしたるさかい」

「さよか。んな、やるわ」

「どや? おいしいやろ?」

「こんなもん、うまいことないがな」

「そないなことあるかいな。うまいでエ。うまい、うまい」

「そうでもないで」

「うまい、うまい。うまいやないか? どうや、うまいやろ」

「フン、そないいわれると、うまいみたい気イするわ」

「そやろ。こんなおいしいもん、よそでは食えへんで」

「うまい、うまい」

 こんなぐあいである。

 

〈6月5日(火)=第25日

 午前2時、コンパス・カードを見る。おどろくなかれ。進路がNになっている。風が落ちたため、ベアリング・アウェイ(風下をむいての方向転換)したらしい。

 朝食にポーク・ビーンズのカンをあけた。レッテルの絵とはかなりちがって、ビーンズ(豆)が大部分だ。しかし、ほんのちょっぴりしかないポーク(豚肉)の実にうまいこと。これはほんもののポークである。それに、ビーンズだって悪かない。田中君、サンキュー!

 風がでてきた。快走。まったくラクチンだ。この風が切れずに、吹いてくれますよう。

 お母ちゃん。〉

 カンづめのレッテルには、いつもだまされる。しかし、怒ってはいけない。うまい、うまい。カンづめ料理は、ナベを汚さずにすむからいい。食器洗いはイヤだ。それに、スターンから手をのばしてやるので、危い。

 まず、コンロの火に、直接カンをのせる。下のほうが温まったら、さかさまにひっくりかえす。そのままでおくと、沸騰して爆発するから、適当なところで、フタに2つ穴をあける。煮えたらパッととって、カンを切る。実に便利だ。

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最終更新:8/14(月) 11:00
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