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葬式代が後見人の自腹はおかしい【ある後見人の手記(5)】

8/14(月) 12:31配信

Wedge

 2010年8月、私は共同通信社大阪支社から大津支局長として転勤し、妻の容子を東京から呼び寄せ夫婦で暮らす日々を取り戻した。「伯母さんを、もっと良い施設に移してあげよう」と言いだしたのは容子である。私はむしろ「気持ちは分かるが、これ以上負担を増やしたら、私の心身がもたない」と消極的だった。「私が探すから」と容子。

 大津市の比叡山のふもと、琵琶湖を望む高台にある有料老人ホーム「ハーネスト唐崎」を、妻は11年5月、友人を頼りに見つけてくれた。ハーネストを運営する医療法人社団「あかつき会」理事長の武田克彦医師夫妻が、老人保健施設を訪れ、受け入れるか否かの面接に臨むと、ユニホームであるピンクのジャージー姿の由利子は、武田夫人の直美理事を見て「きれいな服着れてええなあ」と羨ましがったそうだ。事はうまく進み神戸家裁の認可も得て、11年6月3日には、私たち夫婦ともども介護タクシーで有馬の奥から、ハーネストへと移動した。伯母にとっては心地よいドライブだったようだ。

 新居のハーネストは緑の田園に囲まれ、1階広間は日だまりとなり、横を走る京阪電車を見下ろす。スタッフの人数も多く、笑みをたたえ、面倒見が良い。由利子は、個室を供され衣服も自由だ。表情も明るくなった。季節ごとに、屋外会食やピクニックなどを催し、私たち夫婦が外出の機会を設ける必要もなくなった。

 ただ、老人保健施設では、賃貸住宅での敷金に当たる入所料は不要で、月額利用料は最高でも14万円余だったが、ハーネストは入所料380万円で、月々20数万円から30万円台を要した。「金は正直」。我が身の老後を想うと金を貯めておかねば、と痛感したが、もう遅いか。

転倒、骨折し入院

 由利子を琵琶湖畔に移して、もうすぐ3カ月の8月26日、妻容子の携帯電話が鳴った。ハーネストからだ。由利子が朝、介護士が来るのを待たずに自力でトイレに行こうとしてベッドから落ち、骨折の疑いが生じ、看護師が随行し救急車で大津赤十字病院に搬送されたという。病院での診察の結果、右大腿骨折が確認され、この日夕、折れた骨を金属でつなぐ手術が施された。妻が病院に泊まり込んでくれた。

 施術後、比較的元気な姿で病室に戻ってきた。麻酔のせいか精神的にも安定している模様。ところが、だんだん様子が変わってきて、再びトイレに行きたいと言い始める。両手でベッドの柵をつかみ起き上がろうとするが力を入れると手術の跡が痛むので、そのもどかしさのせいで大声を出し始める。看護師が睡眠導入剤を与え、寝入った。しかし1時間足らずで目覚め、再びトイレに行きたいと騒ぎ始めるのでさらに睡眠導入剤を用いる。すぐに眠る。また1時間足らずで目覚める。こんな一夜だったと妻から聞かされた。

 9月13日に退院した。入院費に約11万円を費やした。成年後見人は家裁の監督下にあるため、被後見人の入退院に際して逐一、家裁に報告しなければならない。こうした義務を怠れば、家裁の判断で、弁護士などを成年後見監督人に充てることができる。こうなると、後見人は一挙手一投足が監視下に置かれることとなる。ここに引用するのは、退院時に書いた報告書だ。

* * *

─―神戸家庭裁判所 接見・財産管理係御中
◎被後見人の退院についての報告
 平成21年(家)第50774号事件で後見人に選任された松尾康憲です。
 右大腿骨折で大津赤十字病院に入院、手術を受けた被後見人である伯母、松尾由利子が、9月13日、退院したので、「退院療養計画書」を添え報告します。
本日、有料老人ホーム「ハーネスト唐崎」に送り戻しました。以後も、時折の通院が必要となるもようです。
 入院絡みの「特別支出」計上は、本日付で〆とします。 敬具
2011年9月13日火曜日
松尾康憲─―

* * *

 これより後、由利子の体力と精神は、緩やかに、しかし確実に下降のカーブを描いていった。私が毎年の決算期、神戸家裁に送付してきた「後見等事務報告書」には、次のように記している。

* * *

─―歩行困難となり、車椅子生活に。=11年11月28日付

認知症が進みつつあるとみられる。12月16日、ハーネストから電話があり、入浴の際、従来1人だった介護者を2人にしたいとの申し出で、了解した。このため介護支出が増える可能性もある。=12年12月19日付

認知症が進み、後見人らを判断できない時が増えた。食欲はある。ベッドからの転倒が要注意。=13年12月12日付─―

* * *

 ハーネストに移った当初は、見舞う時にグラビアの多い雑誌を差し入れたら、由利子が文字こそ読めなくなったものの、ページを繰って見入っていたが、やがて不要となる。手土産の菓子を持参するだけで、本人との対話も成り立ち難く、対面は十数分となっていった。「菓子のデリバリーサービスか」と自嘲しつつ、通うことでハーネストのスタッフとの意思疎通を保ち、より良い介護を願えるのだと思うに至った。

 私は12年9月に大阪支社に戻り、13年8月山口支局長として赴任した。

 私自身と由利子の転居のたびに、神戸家裁、東京法務局、市役所、年金事務所、ゆうちょ銀行などなどへの届け出を繰り返した。家裁へは入退院も都度報告した。なかなか煩瑣な作業であった。

 由利子が逝くことを考えねばならない日が到来した。14年3月14日、ハーネスト唐崎から妻に電話があり、由利子の発熱と食欲不振を告げられた。翌日、山口から夫婦で大津に赴き、「あかつき会」理事長の武田医師より説明を受けた。武田によれば、由利子は前日、37度の発熱と嚥下(えんげ)(飲み下し)困難の状態に陥ったが、認知症による暴れや叫びなど諸症状を抑える医薬の供与を控えたところ、快方に向かっている。

7月11日に満90歳を迎える身で認知症が進み、現在既に「人格が無い」状態にあり、今後、嚥下困難を再発する可能性は否めず、栄養失調を招来しかねない。点滴や鼻からの栄養補給は、由利子の抵抗から無理とのことだった。

 武田は私に、胃瘻(いろう)を用いるか否かを尋ねた。私は「成年後見人として医療行為を選択する権限はありません」と断った上で「姻族の甥として過度な延命治療は望みません」と申し添えた。武田は、余命がこの年の夏から年内にも尽きる恐れを指摘した。私は、率直かつ思い遣りある説明に謝意を示し、「その時のため、万端の準備を進めていきます」と述べた。

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最終更新:8/14(月) 12:31
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