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寂しいままで、親になる

8/14(月) 6:30配信

Book Bang

 子どもが生まれるまで、出産育児の類の雑誌を読むことができなかった。大きな腹をかかえて笑う妊娠○か月の○○さん、フリルの服をまとった生後○か月の○○ちゃん、あの表紙から「正しさ」の匂いしか嗅ぎとることができなかった自分は、母とは微笑んで腹をなでさするものであり、子のためにふんわり優しい世界に身をゆだねるべきであるという無言の重圧を勝手に感じながら、必死に抵抗していた。出産してからはじめて手にとり、月齢ごとにピンポイントで役に立つ情報がこれでもかと載っていることに感動すらした。
 子を生んで初めて知ったことはあまりに多い。新生児とはたった一か月の呼び名であることも、保育園の定員の目を疑うような少なさも、知ったときは愕然とし、本当に世の親たちはこんなことを粛々とこなしているのかと驚愕した。
 本書で作者は、妊娠出産を経て子が一歳になるまでの一年余りを、子の成長過程を交えながら率直に語っている。その内容は自らの流産や不妊治療の経験についても含んでいる。タブー視されがちなそれらの経験を作者が開くのは経験者同士で連帯するためではなく、経験の有無をフィルターにせず人とコミュニケーションを取りたいという〈憧れ〉と、勝ち負けとは別の〈多様性を大事にする〉世界を肯定したいという思いによるものだ。そこには男女の性別についての考え方や、「障害」のある子と社会のあり方についての問題も含まれる。
 本書を読みながら、自分はどうだろうと何度も問うた。育児書は育児に必要な情報を求めて手にとる。育児エッセイは弱ったときに、「母」である自分を肯定したくて読んだ。この本はそのどちらでもない。もっと子どもを開かれた世界で育てようとしている。〈育児に関係ない生活をしている人も楽しんでくれる面白い読み物を書きたい〉という作者の思いによって紡がれている本書はまさに〈オリジナル〉で、〈唯一無二〉の一冊だ。そして出産育児を経験者同士の共通言語にしないこの本の存在が、保活や少子出産高齢化がなぜか女性側の問題とされがちであることへの異常さを、明らかにしてくれるように思う。子育ては性別でも役割でもない、比べるものでもわかり合うものでもない。
 作者のデビュー作である『人のセックスを笑うな』を読んだとき、人はなぜこんなにもむやみに寂しいのだろうと思った。それは登場人物たちの寂しさであり自分の寂しさだった。
〈なぜ赤ん坊を育てたいのか? その問いについて深く考えることのないままここまで来てしまったが、寂しいからと子どもを欲しがってはいけないのは重々承知しながら、やはり寂しさから逃れたかった。〉
 本書の冒頭と終盤に二度〈寂しさ〉についての記述がある。出産しても子が生まれても〈寂しさ〉はいつまでもそこにある。言葉になったことで楽になった自分がいた。今は雑誌の表紙に怯えていた過去の自分にこの本をさし出したい。そして寂しいままで親になってもいいんじゃない、と言ってあげたい。

[レビュアー]大塚真祐子

河出書房新社 文藝 文藝2017年秋号 掲載

河出書房新社

最終更新:8/14(月) 6:30
Book Bang

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