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内田篤人、ウニオン・ベルリン移籍。笑顔に隠されたウッシーの葛藤

8/23(水) 17:20配信

webスポルティーバ

 8月21日、内田篤人のブンデスリーガ2部ウニオン・ベルリンへの入団が発表された。早速クラブはSNSを使って各種の広報活動を開始し、テキストでのコメントだけでなく、動画インタビューも公開。ツイッターの内田専用アカウントまで作った。クラブオリジナルのツイッターは普段とは2桁も3桁も違う数のリツイートがされるなど、反応の多さに、期待と注目の高さが、文字通り桁違いであることがうかがえる。

【写真】内田篤人フォトギャラリー

 18日の金曜日、ユニフォームではなく白いシャツとデニムの内田が、険しい表情で代理人と歩いている姿をビルト紙にキャッチされた。契約解除に関するミーティングに出向くところだった。

 そこからわずか3日での入団発表。それは今回の移籍が、揉めることなくスムーズに決まったことを強く印象づけた。昨シーズン2部4位のウニオン・ベルリンがどれだけ内田獲得に熱心だったか。そしてシャルケが、7年間も在籍し、チャンピオンズリーグ準決勝進出やドイツ杯優勝など多大な貢献をした内田に対し、いかに敬意を払ったか。

 とはいえ、ここに至るまでに紆余曲折がなかったわけではない。ウニオンの監督がかつてのシャルケ指揮官イエンス・ケラーだったことが大きな決め手となったのは間違いないが、内田は「代理人には冬くらいから動いてもらっていたから」と言う。その間には葛藤もあった。

 内田が、一時は不可能に思えたケガからの再起を果たしたのは、昨年12月8日、ヨーロッパリーグのザルツブルク戦だった。しかしこの一戦はすでに決勝トーナメント出場を決めた後の消化試合。ロスタイムを含めて10分程度の”ご褒美出場”だった。

 年が明けて1月、スペインでの合宿ではほぼフルメニューをこなし、練習試合でも45分間プレーした。ようやく実戦復帰が見えてきていた。マルクス・ヴァインツィール監督は、続くウィンターブレイク中の練習試合や、シーズンが再開したドイツ杯でもスタメン起用を試みた。だがいずれも、内田が別の箇所に細かな故障を負っていたため実現していない。

 結局、ヴァインツィール監督の意図とはタイミングが合わないままシーズンが終わったのは互いにとって不幸だった。練習でも主力組として考えられることはなく、内田の中に徐々に移籍願望が芽生えていった。

 ヴァインツィール監督が続投するのであれば、身の振り方を考えなくてはいけない。そんなイメージでオフを迎えた内田に、ある意味で朗報が届いた。ヴァインツィール監督から、内田と2歳しか年の違わないドメニコ・テデスコ監督への交代が発表された。少しは状況が変わるかもしれない、シャルケで実戦復帰し、ワールドカップを目指せるかもしれない。内田の中にはそんな希望が湧いた。

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