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1969年、伝説のウッドストックを体験したシー・ユー・チェンが語る回顧録

9/6(水) 15:50配信

GQ JAPAN

1969年、伝説のウッドストックを体験し、ヒッピー・カルチャーの洗礼をうけ、日本に勃興しつつあったインディペンデント・カルチャーの最前線を歩んできた人物のひとり、シー・ユー・チェン。彼が語るストーリーに、現代のインディーズ文化の先駆を見る松木直也が、日本のインディーズ草創期の重要人物に取材した。

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1969年夏、ウッドストック

1969年8月15日から3日間、ニューヨーク州サリバン郡で野外ロックコンサート『ウッドストック・フェスティバル』が開催された。交通の不便な山奥であるにもかかわらず40万人から50万人が集まったと言われ、その中には日本からの数少ないオーディエンスとなったシー・ユー・チェンさん(以下文中敬称略)とギタリストの成毛滋の姿があった。

 当時シー・ユーは21歳。北京に生まれ、父親は華僑出身の豪商で5歳のときに東京に移住した。アメリカン・スクール・イン・ジャパンの在学中に結成したザ・デメンションズという高校生バンドでTV『サトウ勝ち抜きエレキ合戦』に出場、栄えある第1回チャンピオンになったという経歴の持ち主だった。

 その後グループサウンズ、ザ・フィンガーズに所属し、友人でもある成毛からメンバーに誘われたことで、決定していたUCLAへの大学留学をあきらめ、上智大学国際科に通いながらベーシストとしてプロ活動を開始している。しかし、バンドは空中分解、69年の夏に解散した。ウッドストックへ行ったのはその直後のことだった。

 この20世紀を代表することになった野外コンサートにはサンタナ、ジャニス・ジョプリン、ザ・フー、クロスビー、スティルス&ナッシュ、ジミ・ヘンドリックスをはじめ35組が出演している。

 シー・ユーが語る

「当日の昼前に現地に入り、高台から見渡すと地平線がすべて人で埋まっていた。なかにはLSDやマリファナを公然と利用したり、男女が素っ裸で泥んこになって子どものように遊んでいたり、僕らのようにトラックの下に毛布とか寝袋を敷いて寝ている人もいたけど、まったく争いごとが起きず本当にピースフルな空気に満ちていた。彼らはただロックバンドが出るから観に来たのではなく、自分たちの思いや価値観をシェアするために集まったのだ、ということを僕は感じた」

 ウッドストックはベトナム戦争が激化するなか、主流の保守体制に対抗するカウンターカルチャーのシンボルだった。ロックミュージックには精神や思想を揺さぶる大きな力があった。ヒッピーたちは反戦を唱え、資本主義的な利益優先の”合理”主義へと突き進んでいく社会に対し、自然と共存し、人間性を回復することを願っていた。

 日本で暮らしていたシー・ユーもその一人だった。

「僕らがいた日本にも学生運動があった。親や社会、組織の価値観って何だろうって真剣に考えていたけど、アメリカに暮らす彼らにはやはりベトナム戦争という凄く大きなトリガーがあって、組織に属した人々の保守的な考え方、社会の既成概念をどうやって壊すかという問題意識が強かった。こんなに多くの人たちが平和を願い、ロックミュージックを楽しんでいるのだという現実を目の当たりにして、そんな大きな輪のなかで僕は自分自身の殻が少しずつ壊れていくのを実感した。世界は変えられるって純粋に思ったし、既存のものとは違うオルタナティブ(別の道)を求めるようになった」

 シー・ユーはつづける。

「今、日本では自分の殻の中でだけ成長して、殻を壊さないまま生きるほうが良いという雰囲気が蔓延しているけど、僕らのときは一回殻を壊して外の世界に自分をさらしてみて、自分を見直すということを真剣にやっていた」

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最終更新:9/6(水) 15:50
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