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【川端暁彦コラム】15年前に見た風景。トルシエとハリルの不思議な“共通点”

9/7(木) 13:30配信

footballista

文 川端暁彦


 「なんかトルシエみたいな人が来ましたね」

 2015年3月13日に行われたヴァイッド・ハリルホジッチ監督の就任記者会見を終えて、友人の記者たちとそんな話をした――というような記事をかなり以前に書いたことがある。「東欧のおじいちゃん」ということで“オシム的なもの”を予想(あるいは期待)していた多くの記者たちにとって、ある種のサプライズだったかもしれない。

 当時からだいぶ時間が経ってしまったが、その後の流れを思うと、このファーストインプレッションは大筋で間違っていなかった。というより、当初感じていた以上に監督本人というよりも彼を取り巻く状況が“トルシエっぽく”なってきている。

 若いファンのために補足しておくと、フィリップ・トルシエ氏は1998年から2002年まで日本代表監督を務め、99年のワールドユース(現・U-20W杯)準優勝、00年のシドニー五輪8強入り、同年のアジアカップ優勝、01年のコンフェデ杯準優勝、そして02年の日韓W杯で日本を初の決勝トーナメント進出へ導いたフランス人指揮官である。こういう書き方をすると順風満帆で結果を残した監督のように聞こえてしまうが、実際はかつてないほどの毀誉褒貶(きよほうへん)が渦巻いた4年間だった。

 監督としてのキャリアにおける最大の成功事例はアフリカにあり、国際レベルで傑出した実績を持っていたわけではなく、日本での知名度や実績は乏しかった。就任当初から批判の種は尽きなかった(※トルシエ監督の話である)。多かった批判はこのあたりだろうか。

「日本人への理解がない」
「日本サッカーやJリーグへの敬意がない」
「常に怒っていて、感情的に過ぎる」
「実績のあるベテラン選手を切り捨てている」
「管理主義的で、選手を子ども扱いしている」
「フィジカルトレーニングを要求する」
「採用している戦術が理解できない」
「やっているサッカーが機械的で面白くない」

 記者との関係も着実に険悪になり、新聞を中心とするオールドメディアは反トルシエ一色に近い状態になっていった。どこからともなく解任報道が沸き起こったのも、1度や2度ではない。そのたびにトルシエ監督は正面からメディアを批判し、時にはパフォーマンスで応酬した。キャプテンの選考について批判的な質問をしたライターの腕にキャプテンマークを巻いてみせたこともあった。

 こうしてみると、誰かに似ている展開である。

 もちろん、2人は同一人物では決してないし、時代背景も大きく異なっている。相違点を探すのも容易だろう。たとえばトルシエ氏には選手としての実績がないが、ハリルホジッチ氏には大いにあるし、そもそも2人の日本代表監督就任時の年齢はかけ離れている。しかし、似ている部分は確かにある。

 国の文化や、国民性のようなものは一朝一夕に変わるものではなく、必然的に似たようなタイプの指揮官には、似たような展開が待っているということなのだろうか。

 時代背景や国民性と言えば、トルシエ政権当時はインターネット黎明期。ちょうどこの名物監督をめぐる侃々諤々(かんかんがくがく)の大激論がネット空間を賑わせることとなっていた。トルシエを支持する人もいれば、批判的に論じる人もいたわけだが、反トルシエの色が非常に濃かったオールドメディアの旗色に比べると、その差は歴然としていた。当時ネット上で活動していたアマチュアライターの中には、その後に業界入りした者も少なくない。

 当時と比べて「ネット」を取り巻く状況は激しく変化しているので単純比較する意味はあまりないかもしれないが、商業メディアに対する強い忌避感の下で監督擁護の論説が展開されているという点では共通した面もある。ポジティブな方向でもネガティブな方向でも、過剰に監督の存在を評価している言説が目につくのは当時と同じである。「とにかく監督を解任すればOK」という意見と、「とにかく監督に盲従していればOK」という意見は、どちらも的外れに思える。

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最終更新:9/7(木) 13:30
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