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ビートたけしが相方を亡くしたカンニングに「テレビの尺に合わせるな」と助言した真意〈dot.〉

9/13(水) 11:30配信

AERA dot.

 2006年12月に相方の中島忠幸さんが亡くなってから、もうすぐ11年になる。「急にピン芸人になった」カンニング竹山さんは、漫才師という立場を失って不安を抱えてきたという。あれからテレビではネタを披露することはほとんどない。ただ、そのころから続けてきた単独ライブは今年で10回目になり、1人語りのスタイルを続けている。その理由は「僕の相方は永遠にいないから」だ。

*  *  *
 僕らがカンニングというコンビを組んで、最初に入った事務所は渡辺プロダクション。その時の先輩たちとすごく仲良くなって、いまも家族ぐるみで釣りとか旅行とかに行っています。僕の親友というか、人生の仲間みたいな存在。相方の中島もそこに入るんです。

 僕はピン芸人でずっとやってきた人たちと違って、(相方が亡くなって)漫才コンビから急にピンになったんです。コンビを解散してピン芸人になって、「R-1ぐらんぷり」に出ている人たちとも違う。でも、それをやってないのは自分の逃げじゃないかっていう思いもあったわけです。

 漫才師のときは「テレビの仕事が無くなっても、漫才があるからって大丈夫」って思ってたけど、それが途中でパッと漫才師じゃなくなったから、やっぱり不安はありました。一緒にトーク番組とかで仕事をするピン芸人の人たちは、今でもテレビでネタもやったりするじゃないですか。陣内智則くんとかもそう。僕はピンになったといっても、タレントみたいなピンで、これまでテレビでネタをやることはほとんど無かった。でも、やったほうがいいのかって、昨年、一昨年はすごく悩んでいました。

 誰に相談したらいいだろうってずっと悩んでて、それなら最高峰の人に!って。去年、ビートたけしさんとトイレで会って二人きりにだったので、チャンスだと思って相談したことがあったんです。勇気を出して。

 そしたら「やる必要ない」って言ってくれたんですよ。「お前がやってるライブは、2時間の尺でやってるお前の芸だ。それをテレビ用に無理矢理3分にまとめたってお前の良さは出ねえだろ」って。本当にスッキリした気持ちでした。「舞台をやってることが芸人としての生き様だから、それをやっていればいい」って。ああ、これでいいんだって思った。

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最終更新:9/14(木) 14:44
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