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【あの名湯でひとり泊】島崎藤村もその眺望を褒めた!?木造3階建て、国の登録有形文化財の宿へ

9/12(火) 11:33配信

旅行読売

ますや旅館(長野・田沢温泉)

 その山里のいで湯は、昨年、大河ドラマ「真田丸」の舞台としてにぎわった上田市の西、山間の渓流沿いにひっそりと湧く。宿3軒と共同湯、神社、民家数軒だけの石畳の集落は、東山道脇の湯治場だった頃の風情が色濃く残る。
 ここに滞在した若き日の島崎藤村は写生文「千曲川のスケッチ」に明治時代の様子を描いている。
「そこは保福寺(ほうふくじ)峠と地蔵峠とに挟まれた谷間だ。(中略)一旦寝た私は起きて、こういう場所の月夜の感じを味あじわった。高い欄(てすり)に倚凭(よりかか)って聞くと、さまざまの虫の声が水音と一緒に成って、この谷間に満ちていた」。文士が描いた田沢温泉、ますや旅館に泊まった。
 本館、新館、東館はすべて明治期築で国の登録有形文化財。庄屋だった8代目が財を投じた木造3階建ての楼閣のような建物は、小さな温泉場には不釣り合いな存在感を放っている。建物は確かに古い。100年以上前の巨大な木造家屋を、移築保存しているわけではなく、そのまま実生活に使っているのだから。時流に抗(あらが)うようにじっと立ち、旅人を迎えている。

昔話を肴に味わう、地酒と静かな夜

 この日は客が少なく、2間続きの広い部屋に通された。3階の窓からは遠く浅間山と上田の町並みが見えた。窓を開けると、昔の日本家屋らしく風の抜けがいい。
 「何もない環境ですから、ひとりで来られる物書きの方もいて、常連さんは部屋を指定されますね。最近は若い人も多く、看板をみて“藤村(ふじむら)ゆかり”さんて誰?な
んて聞かれることもあります」と11代目主人の宮原健さんは笑う。
 その母にあたる女将によれば、昔は農閑期の農民や炭焼き職人が養生した文化があり、ひとり客を受け入れてきた。テレビのない時代は旅芸人の一座が訪れ、三味線を鳴らして娯楽を提供したという。地元の名士だった8代目が政界に通じていたため、犬養毅らの来訪時の写真が飾られている。
 「藤村が来たのは小諸の私塾に教師として赴任してきた20代の頃。有名になる前で、見た目は書生さんのようだったと聞きました」。女将の昔話を聞きながら、山の料理に箸をのばし、上田の地酒で喉を潤した。この日は地元で採れた野菜や山菜、佐久鯉と信州サーモンの刺し身、ドジョウのから揚げ、カモ団子の鍋などが並んだ。9月下旬~11 月は地元産のマツタケが食膳に上るという。
 源泉かけ流しの温泉は無色透明の単純硫黄泉。かすかなぬめりと硫黄の匂いが心地いい。38度~40度のぬる湯は、ゆっくりつかると体の芯まで温まる。風呂上がりに涼もうと部屋の窓から外を見ると、暗い谷間に蜩(ひぐらし)の声が響き、藤村のスケッチを思い起こした。
 翌日、帰りに道の駅あおきに寄りたい。産直野菜や秋はマツタケを土産に買い、食堂で地元産タチアカネの打ち立てそばを味わう。国宝・三重塔がある大法寺に行くなら、近くの郷土美術館とカフェで休憩しよう。温泉好きは、沓掛(くつかけ)、鹿教湯(かけゆ)など近場の温泉を車で巡ってもいい。

文・写真/福崎圭介


ひとり泊データ
条件/通年
料金/1泊2食1万3650円~、素泊まり7150円~※2人1室の場合、1泊2食1万3110円~
部屋/トイレなし8 畳和室など
食事/夕食・朝食=食堂

電話/0268・49・2001
交通/北陸新幹線上田駅から青木行きバス30分、終点下車送迎5分(要予約)/上信越道上田菅平ICから国道143号経由18キロ
住所/長野県青木村田沢2686

最終更新:9/12(火) 11:33
旅行読売

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第1特集 あの名湯でひとり泊
第2特集 ねじめ正一さんが探訪 元気な商店街