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佐藤信夫氏・久美子氏(元浅田真央コーチ)に聞く「喜びと苦しみの日々」

10/5(木) 17:31配信

webスポルティーバ

連載・佐藤信夫コーチの「教え、教えられ」特別編

 半世紀にわたってフィギュアスケート界を牽引し、数々の名スケーターを育ててきた2人。バンクーバー五輪後は浅田真央に寄り添い、ともに闘ってきたのはご存知のとおりだ。だが、昨シーズンは彼女もケガに苦しみ、そして現役引退発表のときを迎えた。指導者としての喜びと苦しみ、あらためてそんな日々を振り返ってもらった。

【画像】セクシーになった浅田真央

 佐藤信夫コーチと浅田真央の接点を作ったのは、母の故・浅田匡子さんだった。バンクーバー五輪が終わった2010年の夏。匡子さんは佐藤コーチを直接訪ね、「とにかく見てください。すぐに結果を出してほしいとは思っていません」と、娘のコーチ就任を要請したのが始まりだ。すでに世界女王、五輪銀メダリストであり、国民的アイドルでもあった浅田真央。あれだけの選手を途中から教えてしっかりと導くことができるのか。そんな冒険のようなことをするべきなのか。佐藤コーチは迷い、「恐さも感じていた」と、当時のことを語っている。それでも最後は匡子さんの熱意に打たれて、指導を引き受けることになった。

――すでに実績のあるスター選手だった真央さんに対して、おふたりは「私たちは最後の飾り付けをしただけ」とおっしゃっていました。真央さんをどう指導されてきたのか、うかがえればと思います。

佐藤久美子(以下、久美子) 私たちが(真央さんに)導かれていたわね(笑)。 

――導かれていましたか(笑)。

佐藤信夫(以下、信夫) やはりとても芯の強い人だということだけは間違いないですよね。逆に言えば、だからこそ、どうしてもこれと思ったら、自分の限度を超えちゃう一面がありました。でも無理な練習は故障につながりますから、そこのコントロールが一番大変だったということです。

――ジャンプの修正や、スケーティングスキルの向上のためにコンパルソリーの練習を徹底されたと言われています。

信夫(徹底したというよりは、)奥の手で、毎日ちょこっと、忘れないように何かひと言、アドバイスを言い続けてきたというのはあると思います

 専属コーチが不在のなかでバンクーバー五輪のシーズンを戦った浅田にとって、課題はジャンプの修正だった。だが、10年以上もジャンプを跳び続けてきたなかで、いくつかの癖がついていた。そこを見破った佐藤コーチだったが、すぐにはジャンプの修正に着手しなかった。まず始めたのはスケーティングの基礎を教えること。そのめどが立ってから、ジャンプの見直しに入ろうと考えていた。だから「道のりは長く厳しい」と覚悟を決めていた。当時、佐藤コーチは徹底したスケーティング練習をしながら、「流れを止めないようなジャンプにできればいい」と、修正点の最初の一歩を指摘していた。

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