ここから本文です

「あの時、新たな感覚をつかんだ」 中村俊輔が今明かす、忘れがたい“一本のパス”

2017/11/17(金) 20:40配信

Football ZONE web

【天才レフティーの思考|No.5】1999年シドニー五輪アジア予選のカザフスタン戦で生まれた「あの一本」

 華麗なパスはサッカーを彩り、観る者を魅了する。選手一人ひとりに“思い出のパス”が存在し、それは日本が誇るファンタジスタも変わらない。日本サッカー界の顔役を長年担ってきたJ1ジュビロ磐田の元日本代表MF中村俊輔にも、自身の記憶に刻まれた一本のパスがあるという。

【動画】これぞ天才の証明! 中村俊輔の鹿島戦圧巻ミドル弾

「昔、五輪予選のカザフスタン戦で長いボールを平瀬くんに出した。あの一本は今でも印象に残っている」

 1999年11月6日、U-22日本代表はシドニー五輪アジア予選でカザフスタンと対戦。五輪の出場権獲得が懸かった国立競技場での一戦で、A代表の指揮官も兼任していたフィリップ・トルシエ監督は、次の11人をピッチに送り出した。

 GK曽ヶ端準、DF中澤佑二・宮本恒靖・中田浩二、MF明神智和・遠藤保仁・稲本潤一・中村俊輔・中田英寿、FW福田健二・平瀬智行。MF小野伸二は負傷離脱していたものの、当時「歴代最強」と謳われたU-22日本代表は、1次予選を含め予選10連勝と圧倒的な強さを誇示していた。

 本拠地カザフスタン戦では、予選初のリードを許す展開で前半を折り返した日本。しかし、後半25分に中田英のパスから平瀬が頭で合わせて同点に追いつくと、後半41分に中村の左足から「あの一本」が飛び出した。

「あの当時流行っていた」パスとは?

 センターサークルの右付近でボールを受けた中村は、トラップで一瞬の間を置くと、虚を突くようにすぐさまキックモーションに入って左足を一閃。約35メートルの低弾道パスを対角線上に打ち込み、相手DF間に走り込んだ平瀬の左足にぴたりと通す。トラップはやや浮いたものの、そのままエリア内に侵入した平瀬が冷静にゴールを決め、これが決勝弾。試合はその後、中村が代名詞のFKを沈めて3-1で逆転勝利し、2大会連続6回目の五輪出場を決めた。

 なぜ中村は、平瀬に通したパスを挙げたのか。そこには、「余裕を持ってパスを通すのではなくて、あえて味方に届くかどうかというぎりぎりのボールを出す」という明確な意図があった。“ぎりぎりのパス”の真意はこうだ。

「相手もぎりぎり取れそうだと思って、思わず反応してしまう。でも、実際にボールを取ろうと思ったら、無理だと判断して体勢を立て直すけど、反応が遅れた分、そのパスがそのまま通る」

 実際、中村が平瀬へ出したパスの際には、相手が反応し、前に出ようとするも諦め、一瞬の遅れが生じた。その結果、平瀬はトラップと同時に相手と入れ替わり、ゴールを陥れることに成功している。

「そういうぎりぎりのパスは、上手く通れば一発で味方FWと相手DFが入れ替わって大チャンスになる。それがあの当時は流行っていましたね」

1/2ページ

最終更新:2017/11/18(土) 9:39
Football ZONE web

記事提供社からのご案内(外部サイト)

Football ZONE web

fangate株式会社

日本代表や欧州各国リーグなど、国内外のサッカー情報を毎日更新