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座間「首吊り士」を生んだ「別居父母」の胸中

11/19(日) 6:03配信

デイリー新潮

 繊細なる女性たちの心の闇に忍び込み、邪(よこしま)な欲望に耽溺した、白石隆浩容疑者(27)。シリアルキラーは、どのように育ったのか。父母の27年間は、「首吊り士」を育むために費やされたのか。

 ***

 現場となった座間市内のアパートから車で10分。今は白石容疑者の父が住む「実家」近くの住民が言う。

「今年のいつだったかな、お父さんと道で会ったんです。そうしたら“これから息子と呑むんだ!”と嬉しそうな顔をして言われましてね。仲のいい親子。そう思っていたんですけどね」

 白石容疑者が生まれたのは1990年の10月である。4年後、妹が誕生した翌年に、一家は座間に新居を構えた。木造2階建ての「我が家」で、父は自動車の部品の設計を行い、メーカーに納品。一家を養っていた。

 町内会のメンバーが言う。

「お母さんは主婦で、PTAの役員もしていました。一方のお父さんは、とても親切でね。ご近所さんが病気になるとお見舞いをしたり、雨に濡れている人を見れば傘に入れてくれる。“気にしないでいいから~”と言って、最後はハンカチで肩を拭いてくれるような人なんです」

 この父母の元で、白石容疑者は地元の公立小中学校に通った。同級生によれば、

「タカちゃんはインドアなタイプでおとなしい子でした。でも、中学では野球部、その後陸上部にいた。生活委員も務めていましたよ」

 と言うから、「恵まれている」かどうかはともかく、後の凶行とはかけ離れた“育ち”に見えるのである。

暗い人生だった

 ところが、だ。

「10年ほど前、隆浩クンが高校生の頃だと思いますが」

 とは、白石家と親しい、別の近所の住民である。

「奥さんが妹さんだけを連れて、家を出てしまったんです。“離婚したの?”とお父さんに聞いてみたら、“違いますよ”“娘が遠くの学校に通うようになりましてね。心配なので、母親も付いていくことになりました”と。でも娘さんはもう大人なのに、奥さんはまだ帰ってきませんね」

 この“疑念”は正しく、後に白石容疑者は、前項の「死に神から逃れた」介護士にこう言っている。

「両親が離婚した。それからずっと暗い人生だった」

 また、知人女性によれば、

「よく“昔、親が離婚してさ、苦労したんだよね”とこぼしていましたよ」 

 母から捨てられた“傷”の深さを物語っているのだ。

 現在、その母と妹は、座間市から車で50分ほどの、川崎市内のアパートで暮らしている。姓は「白石」のまま。今後、その名は重過ぎる「十字架」となって、父母、何よりまだ24歳の妹に圧し掛かる……。

 部屋のインターホンを鳴らしたが応答はなし。また、父も実家から姿をくらましたままだ。

 代わって、

「事件後、弟への連絡を控えているけどね」

 とその胸中を慮るのは、県内に住む、白石容疑者の父の実兄、つまり容疑者の伯父だ。

「今は精神的に参っていると思うけど、やっぱり親だよ。申し訳ないと思っているだろ。いずれケリが付いたら、表に出てきて謝罪するんじゃないか。そうすべきだよ。それが親だよ。息子のこと、あんなに可愛がっていたんだから……」

 親族による、極めて重い言葉である。

「週刊新潮」2017年11月16日号 掲載

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最終更新:11/20(月) 15:53
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