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気泡に入って水中を歩き回る、奇妙なハエの謎を解明

11/22(水) 14:01配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

強いアルカリ性の塩湖「モノ湖」に大量に生息、毛の濃さと特殊なワックスがカギ

 私たちの身の周りに普通にいるハエ。ゴミ箱の周囲を飛びまわったり、ひょっとするとあなたの食事の上に嘔吐していたりするかもしれない。だが、水中で呼吸するハエにはめったに出会わないだろう。

【動画】気泡に入って水中を歩き回るハエとモノ湖の奇観

 米カリフォルニア州にあるモノ湖には、世にも奇妙な毛むくじゃらのアルカリミギワバエ(Ephydra hians)が生息している。強いアルカリ性の湖に潜ってエサを取ったり産卵したりできる「潜水」バエだ。このハエが水に潜るときは、体の周りに気泡ができ、ハエはその中で呼吸できる。

 米ワシントン大学の博士研究員候補生フローリス・バン・ブリューゲル氏は、ナショナル ジオグラフィック協会研究・探検委員会の資金援助を受けて、モノ湖にすむこのハエを研究している。その結果、潜水バエが過酷な環境の湖に潜れる秘密は、びっしりと生えた体毛にあることが明らかになった。この論文は11月20日付けの学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表された。

湖水を濃くすると、ハエは簡単に溺れた

 アルカリミギワバエは、マーク・トウェインが約150年前に書いた『西部放浪記』にも登場する。「本当に、見ているだけで楽しませてくれるハエですから」と、バン・ブリューゲル氏は言う。

 まず、その数の多さに圧倒される。アルカリミギワバエはモノ湖の周辺に大量に密集し、ハガキ大の空間に2000匹以上を数えることもある。バン・ブリューゲル氏は、夏のピーク時には約1億匹に達するのではないかと推測する。

 近づいて観察すると、さらに面白いことがわかってくる。「小さな気泡に入って、水のなかを歩き回っているのが見えてきます」

 バン・ブリューゲル氏の研究チームは、モノ湖のアルカリミギワバエが体を濡らすことなく水に潜れる謎を詳しく調べることにした。モノ湖の塩分濃度は海の3倍で、アルカリ性ははるかに強い。そのような環境で年間を通して生息しているのは、光合成を行う藻類と小さなエビだけである。つまり、ハエには天敵がいない。

 チームは、アルカリミギワバエを複数の異なる溶液に沈めてみた。すると、湖水を濃くした場合に、ハエが簡単に溺れるようになることがわかった。原因を調べたところ、炭酸ナトリウムの濃度だった。炭酸ソーダとも呼ばれる炭酸ナトリウムは、洗剤として使われているが、古代エジプトでミイラの下処理にも用いられていた。

 炭酸ナトリウムの濃度が高いと、毛と毛の間に水が入り込みやすくなり、ハエの体は気泡を維持することが難しくなる。毛で覆われたアルカリミギワバエは、これに適応するためさらに毛を増やすよう進化した。厳密にいえば、研究チームが比較した他のハエと比べて、アルカリミギワバエの毛の量は平均で36%多かった。その毛はさらに、撥水性の高い特殊なワックスで覆われている。自動車や靴にワックスを塗るのと同じ効果がある。

小さなものの大きな影響

「こうした微細な構造による適応によって、アルカリミギワバエはほかの動物がほとんど生息できない限られた環境で生存できるようになったのです」

 そして、それが地球の生態系に重要な意味を持っていると、バン・ブリューゲル氏は指摘する。モノ湖は、ハエを捕食する200万羽以上の渡り鳥の中継地となっており、カリフォルニアカモメの85%が、モノ湖に浮かぶ島々に巣を作っている。

 今回の発見は、ハエの体毛という微細なものの進化が、生態系やそれ以上のレベルに大きな影響を与えうることを示す一例である。

文=Austa Somvichian-Clausen/訳=ルーバー荒井ハンナ

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