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「墓なし、仏壇なし」の弔いで1年を過ごし、母に起こった心境の変化

11/22(水) 6:00配信

ダイヤモンド・オンライン

 私事で恐縮だが、父が89歳で他界して約1年になる。1年前に、本連載、2016年11月30日付の「『墓なし・坊主なし』の弔いをやってわかったこと」で書いたように、札幌にある私の実家では、父が亡くなる前から小樽の寺にあった先祖の墓を撤去し、墓の中にあった先祖のお骨(11体)をNPO法人・終活支援センターに依頼して小樽の海に散骨して寺との縁を切っており、その状態で父が亡くなった。

 今回は、1年たってみて、その時のことを振り返り、また1年近く経過して起きた最近の変化について書いてみたい。

 なお、今回も念のため申し上げるが、筆者は読者に無宗教の勧めを説こうとしているのではない。信仰・信心を持っていらっしゃる方が、その心に従うことに対しては何ら反対しない。

 ただ、筆者のように信仰を持たない人、あるいは何らかの信仰心はあっても、寺と墓について疑問や不都合を感じていらっしゃる方にとって、筆者の実家のケースは参考になるのではないかと思う。

 現実には、寺と縁を切りたくても、先祖の墓がいわば「質」に取られたような状態で、それがままならないケースがあるだろうし、時には経済的な負担にもなる場合があるだろう。

 先祖の墓の撤去に関しては、筆者の母の行動力によるところが大きかった。(1)NPOに連絡を取って散骨の申し込みを行い、(2)骨を取り出すための手続きを行い、(3)寺と交渉し、(4)骨を散骨して、(5)墓の原状回復工事を行い、(6)寺と縁を切る、ところまでをよどみなく実行してくれたことについて、息子である筆者は大いに感謝している。

 墓地の原状回復を急がされ、「きっと家に悪いことが起こりますよ」と呪いの言葉(?)を吐かれ、寺と母との間では感じの悪い出来事がいくつかあったのだが、「進める」という意思があれば全ては実行可能だった。もちろん、その後に特段悪いことが起きたわけではない。

● 自宅でのお別れは「いいことだらけ」

 父は、死の2年前に転倒し、頭部を強打して大けがをするなど、年齢なりに心身が弱っていたこともあって、実家から遠くない介護施設に入っていた。昨年11月25日の亡くなった当日は、午後まで穏やかに母とリンゴを食べて、施設の玄関外まで歩いて母を見送れるくらい元気だったのだが、夕方に自室で静かに事切れていたのだという。苦しんだ形跡はなかった。息子の私は、「彼は、油断していたらスイッチが切れてしまったのだな」と思った。

 詳しい経緯は、1年前の拙稿に書いた通りだが、(1)亡くなった当日の夜(金曜日)に父の遺体を自宅に戻し、(2)ドライアイスで冷却しつつ2晩自宅で寝かせて、(3)2日後には父の妻、娘、息子、弟夫妻、おいの6人で火葬場に向かった。数時間後、(4)遺骨の入った骨つぼのぬくもりが残った状態で家族は自宅に戻った。実家への弔問客は、父の弟夫婦と、父が作った会社の社員代表が1人だけだった。

 寺とは縁を切っているのでお坊さんは来ないし、通夜、告別式などを行うわけではないので、受付もいらないし、香典のやり取りもない。もちろん、会場の手配や挨拶の準備なども必要ない。

 振り返ってみるに、自宅で「お別れ」の時間を過ごしたことは、多方面にわたって大変よかった。

 まず、家族が、故人とゆっくり別れを惜しむことができる。筆者は2晩、遺体の隣に布団を敷いて寝たが、遺体は全く気持ち悪くない。ただ静かに死んでいるだけだ。時間の経過とともに、徐々に距離を感じるようになるが、その間、話しかけるのも、顔を触るのも自由だ。気が済むまで名残を惜しむといい。筆者は、故人が好きだったすき焼きを食べて、夜中には遺体の横でウイスキーを飲んだ。

 また、何よりもいいのは、ただでさえ家族が悲しい思いで疲れている時に、葬儀のあれこれで、さらに疲れることがないことだ。これは、誠に合理的だと思う。

 葬儀というお別れの場がなかったことについて、文句を言った親戚、知人、父の友人などは、一人もいなかった。後日、母を訪ねて来て父の思い出話などをしてくださった方は、ありがたいことに複数いらっしゃったが、彼らは死者を悼み、遺族を慰めたいだけで、葬式や、ましてお坊さんが来ないことを寂しく思うわけではさらさらなかった。

 施設から自宅までの遺体の移送、湯灌、棺桶代、火葬場までのマイクロバスでの送り迎え、火葬代などをひとまとめにして、母が葬儀会社に支払った金額は約37万円だったと聞いている。棺桶の選択、その他で特段の節約をしたわけではない。

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