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小泉進次郎の「メディアが伝えない」意外な姿

12/8(金) 8:00配信

東洋経済オンライン

「選挙の顔」として大活躍だった小泉進次郎氏は、子育て世代への支援策として「こども保険」を提案し、政府が子育て支援を拡充する先鞭をつけた。この政策をまとめた「2020年以降の経済財政構想小委員会」(通称「小泉小委員会」)のオブザーバーを務め、「500日間の激闘」に伴走し続けたのが、一般社団法人RCFの藤沢烈氏だ。
小泉進次郎氏と20人の若手議員たちの激闘の記録を書籍『人生100年時代の国家戦略――小泉小委員会の500日』にまとめた藤沢氏に、国民的人気政治家・小泉進次郎議員の、マスコミには見せない知られざる姿を語ってもらった。

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聞き手:小関敦之(ライター)

■単なる「世襲政治家」ではなかった

 ――実際に会う前、小泉進次郎議員にはどんな印象を抱いていましたか? 

 見た目もよく、人気も高いので、タレント議員的なイメージを勝手に持っていました。悪いイメージを持っていたわけではありませんが、若くして議員になられたので、何事につけ経験が少ないはずで、政治家として優れた素養があるとは想像していませんでした。

 ――小泉議員とはどのように知り合ったのでしょうか? 

 小泉議員と接点ができたのは、東日本大震災からです。私は、内閣官房震災ボランティア連携室という、非営利団体やボランティアによる取り組みを支援する政府機関に民間スタッフとして所属していましたが、上長の藤井直樹参事官(現、国土交通省鉄道局長)から、小泉議員の話を聞いたのが最初です。

 小泉議員が東北入りしていたのは知っていましたが、多くの議員と同じように、視察だけしているのだと勝手に思っていました。ところが、石巻で土囊が足りないことを知った小泉議員が、政府に調達の要請をした話を聞いて驚きました。

 石巻は他地域と違って1階だけが津波の被害を受けるケースが多く、住宅から大量に泥出しをする必要があったのですが、泥を入れる土囊袋がまったく足りませんでした。ここまで具体的に今必要な指示が出せる政治家はそこまで多くありません。

 その後、小泉議員が復興政務官になり、直接お会いすることになりました。震災から3年が経ち、被災地ではインフラや住宅の復興は進んでいたのですが、ご家族を亡くされた被災者の心のケアが難しい課題として持ち上がっていました。そのあたりの事情を小泉議員はよく把握していて、復興庁が事業化する前から、いかに対応するかの議論をかわしていました。

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