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プロが見た「汚部屋」を放置した人々の末路

1/1(月) 8:00配信

東洋経済オンライン

 近年、テレビや雑誌でたびたび取り上げられている「ゴミ屋敷」や「汚部屋」問題。片づけのビフォー・アフターの番組も視聴率が高いと聞きます。

 ハウスキーピング協会が主催している「整理収納アドバイザー」の資格講座には、キャンセル待ちが出るほど申し込みが殺到。私の講演会への参加者も、かつては掃除や片づけのプロを目指す人が多かったのですが、今では主婦やサラリーマン、定年後の一般男女が中心です。これほど「片づけ」が注目されている背景には、「うちもいつかゴミ屋敷になってしまうのでは」という、潜在的な不安があるのではないでしょうか。

 私が家事代行サービスの仕事を始めた1990年代の終わりごろ、お客様は一部の富裕層に限られていました。それも、きれい好きの家庭がきれいな状態を「維持」するために、掃除のプロを入れるというケースが多かったように思います。ところがここ十数年は、家を片づけてほしいという「レスキュー」の依頼が増え、丸々1軒がゴミ屋敷と化しているケースも珍しくなくなってきました。

■「生前整理」をやらなかった人の悲しい実態

「片づけられない人」は昔からいましたが、その存在が顕在化し、驚くべき勢いで急増し、内容もどんどんエスカレートしているというのが、業界に長く携わってきた私の実感です。私が提唱する「生前整理」は、「高齢者宅の片づけ」についての講座をきっかけに作った造語ですが、今となってはいろいろな意味で、高齢になってからでは遅いと感じています。その体験は、拙著『定年前にはじめる生前整理』にも詳しく書いています。

 「そのうち片づけよう」と言いながら年を取り、片づける体力やモチベ
ーション、判断力や遂行力も低下して、人生の後半をモノに煩わされながら、やがて切なくこの世を去る人たちを、たくさん目にしてきました。

 お客様のAさん(80代女性)の自宅は、亡くなったご主人の仏壇までたどりつけないほど、モノがあふれていました。やがて彼女も亡くなりましたが、ご主人の仏壇の周りにはモノが多すぎて線香をあげることもできず、彼女の遺影とお骨は、隣の部屋の質素なテーブルの上に置かれていたのです。その光景を見た私は、涙があふれて止まりませんでした。

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