ここから本文です

トレイルランナー鏑木毅、50歳の挑戦に 松田丈志はなぜ共鳴したのか

1/12(金) 17:21配信

webスポルティーバ

トレイルランナー鏑木毅、50歳の挑戦 2

■あの高揚感をもう一度

 UTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)が想像を絶する過酷なレースであること、鏑木毅(かぶらき・つよし)さんが挫折を繰り返しながらもトレイルランに出会い、成功体験を得たこと……それらを踏まえたうえで、改めて今回の『NEVERプロジェクト』 、2019年に50歳となる鏑木毅がUTMBに挑戦する意味を考えていきたい。

【写真】2016年のリオパラリンピックに53歳で出場した永尾嘉章さん

 まず、私は鏑木選手がこの挑戦に求めているものがあると感じた。

 それは”高揚感”だ。鏑木さんは40歳で公務員を辞めて、プロのトレイルランナーになった。自ら安定した職業を捨て、退路を断ち、プロとして生きていく覚悟を決めて走り始めた年に、UTMBで日本人最高の3位になった。

 鏑木選手はこの時に感じた、自分の全身の細胞がすべて反応しているような高揚感をもう一度味わいたいという。

 この感覚は私にもわかる。私が五輪に4度出場したなかで、メダルを獲った3大会では、年が替わってオリンピックイヤーに突入したあたりから、自分の全身の細胞が燃え上がり、本番まで一心不乱に突き進んでいけるようなエネルギーを感じていた。全身がオリンピックイヤーを”待ってました”と言わんばかりにエネルギーに満ち溢れてくる。トレーニングに対するアイディアなど、閃(ひらめ)きも研ぎ澄まされる気がしていた。

 その高揚感とも充実感ともとれる感覚は、引退した今、なかなか味わえるものではなかったんだなと思う。

 では、その高揚感はどこからくるのか?

 それは目標にかける「想い」の総量だろう。目標への想いや覚悟が強ければ強いほど、アスリートは考え、行動に移し、自分を追い込んでトレーニングしていく。そのひとつひとつの積み重ねが想いの総量となっていく。

 鏑木選手が今回、挑戦を公言したのと同じような経験が私にもあった。

 ロンドン五輪後、リオを目指すか迷っていた時期がある。32歳で迎えるリオ五輪で自分がまだ世界のトップで戦えるのか、考えに考えたが、いくら時間をかけて考えても答えは出なかった。詰まるところ、挑戦するかしないかの二択しかなく、私は「挑戦する自分でありたい」と思い、2014年3月にリオ五輪への挑戦を公言し、最後の五輪への挑戦がスタートした。

 挑戦を公言することで自分の退路を断ち、時にブレそうになる気持ちを一直線に目標に向かわせていく。そうやって目標に懸ける想いの総量を増やせば、増やした分、身体も細胞も反応し、高揚感に繋がっていくと私は思う。

■具体的な目標は秘めたまま

 鏑木選手も50歳の自分の身体に魂を注入して、トレーニングしたらどこまでできるのか挑戦したいと語ってくれた。

 実際、UTMBへの挑戦を発表した会見以降はここ数年できなかったレベルのところまで追い込んで、トレーニングできているという。もうきつくてやめたいと思う時、インターバルトレーニングで、この1本追い込むかどうか迷った時、自分をプッシュできるかどうかは、想いが強いかどうかで決まる。その想いが集まれば集まるほど、高揚感も高まってくることだろう。

 さらに鏑木選手は今回のUTMB挑戦に際し、その目指し方にもこだわった。

 それは順位などの明確な数字の目標は掲げなかったことだ。会見中、具体的な数字の目標を聞きたいという質問も出たが、一貫して鏑木さんはそれらの相対的な目標は語らなかった。

 私はそこに鏑木選手の信念を感じた。相対的な目標を語るのはある意味、簡単だ。私もこれまで数々のインタビューを受けてきたし、今はアスリートをインタビューする機会もある。

1/4ページ

記事提供社からのご案内(外部サイト)

Sportiva

集英社

Sportivaムック
1月11日(木)発売

定価 本体1,593円+税

フィギュア特集
『羽生結弦 五輪V2への挑戦』
■プレイバック羽生結弦2014~2017
■宇野昌磨、宮原知子、坂本花織ほか