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僕は経営者向きでない。いつも心は折れそう 「ユニクロ」の柳井氏が語る自分論

1/19(金) 7:47配信

NIKKEI STYLE

 ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は、家業の紳士服店を世界的な衣料品企業に成長させた立志伝中の人物だ。しかし、自身を振り返り、「僕は内向的で、経営者に向いていなかった」「いつも心が折れそう」と意外な心のうちを吐露する。24歳で家業に入り、40年以上経営の第一線で走り続けた柳井氏のモチベーションとは何か。

■「経営者向きではなかった」

 ――柳井さんの持論は「失敗しても諦めずに挑戦する」です。心が折れそうになることはないですか。
 「いつも折れそうだよ(笑)。僕は、もともと内向的で、経営者に向いてない性格だったしね。学生のときは、本ばかり読んでいた。商売人どころか仕事しないで一生暮らせる方法はないかな、と思ってた。でも、何度も経験するうちに免疫がついてくるんじゃないかな」
 ――いつ、経営者としての気持ちが芽生えたのでしょう。
 「一番の転機は、実家のある山口県で父がやっていた紳士服専門店を手伝っていたとき、7人の男子従業員のうち、1人を残して6人がやめたんです。それまで、経営者なんて無理だと思ってた。でも、全部自分でやらなきゃいけなくなったんです。今考えれば、食わず嫌いだったね。失敗も多いけど、やればできることが分かった」
 ――6人の従業員がやめたのはなぜだったのですか。
 「僕がいろいろ言いすぎたからだと思う。僕は、内向的なんだけど、いいたいことはズバッという性格で。最悪だよね。世間知らずの、しかも大学を卒業してジャスコ(現在のイオン)をわずか9カ月でやめて山口に帰ってきた、23~24歳の若造が何をいうんだ、と思ったんじゃないかな。残った1人は今、監査役をやっています。中学を卒業後に住み込みで働いていました。昔の店舗だから、1階が店で2階が住居なんです。その人だけが残ってくれました」

■経営、最終ページから本を読むのと同じ

 ――失敗を繰り返しながらも、なぜ経営者の仕事ができるようになったのですか。
 「僕は本が好きだったから。特に、昔の実業家や経済人の伝記を読むのが好きなんです。松下幸之助や本田宗一郎とかね。ケーススタディといえるかわからないけど、疑似体験をして、この人たちが経験したことに通じるな、と思うこともある。米国のコングロマリットと呼ばれたITT(当時)の社長兼最高経営責任者だったハロルド・ジェニーンの『プロフェッショナルマネジャー』も何度も読みました」
 「経営は、最終ページから本を読むのと同じです。つまり、結論が先というか、何をするのか決めて実行することなんです。非常に単純ですが、実際に自分がやっていなかったと気がついた。というのはね、日本人はほとんどそうだろうけど、毎日努力してたらある程度成功する、と思うでしょう。でもね、努力してても、努力の方向性が違ったらダメ。成功しないの(笑)。同じところを回っているだけ。結局、あなたは何がしたいのか、人生をかけて何がしたいのかが決まらない限り、ビジネスはうまくいかないと気付いた。それからです。ちょっと経営が分かってきたのは」
 ――目標を設定したわけですね。
 「そうです。僕は米国文化、特に若い世代の文化が好きだったから、学生時代から同業を学ぶために米国や英国をよく訪ねていました。そのころ、婦人服や女性下着のビクトリアズ・シークレットなどを運営する米リミテッド(現エル・ブランズ)のレスリー・ウェクスナー氏という経営者が、最短で1兆円の売り上げを出したんです。彼は、僕が一番尊敬する『マーチャント(商売人)』なんです」
 「英国では、ネクストというアパレルが8年間で年商20億円から2000億円までのばした。僕は毎シーズン見に行っていました。今、カタログで80年代後半のデザインを見ても、全然古くないんです。同じようなことが日本でもできるんじゃないかと思った」
 「将来、欧米のあんな会社になりたいと思った。でも、現実は厳しい。人口17万人しかいない、地方都市の商店街の紳士服店です。当時の現実から考えたら、自分が一生かけても年商30億円、30店ほどの会社くらいになれればいいかなと思ってた」

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最終更新:1/19(金) 7:47
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